◇今年は花冷えで例年より桜の開花も遅く

 なるのではとのことです。

 写真コーナー及びお知らせコーナーで地区

 内の桜の開花状況を載せてみました。

  近場では、河浦の支所付近や内ノ原の

 自動車学校付近が回った中では咲き乱れて

 いて桜並木という感じでした。

 地区では、権現山頂上付近の東京・牛深会

 が植樹した所、そして頂上付近の久玉へ通じ

 る別れ道付近が桜並木という感じて良かった

 と思います。

 昔は南天も桜並木があり、花見にも行った

 記憶がありますが、草木がはえ、並木という

 感じではありませんでした。

 住吉神社、ヤイラギダムの桜も数本ですが

 咲き乱れていました。

 また、海岸沿いで冬場に慌てて開花した

 桜も葉っぱは見えないものの花を咲かせて

 安心しました。

 尚、花の様子は‘写真’・‘お知らせ’コーナ

 ーを見て下さい。

 

◇3月17日(日)に池田地区において

  恒例の“池祭り”がありました。

  今年は還暦を迎えた人が9名、

  米寿が3名の計12名が特設ステー

  ジから持ち寄った餅を投げました。

  当日は200名余りの観衆が集まり

  大賑わいでした。




  

     池祭り



 池祭り



 池祭り



 池祭り



 池祭り



 池祭り



 池祭り



 池祭り


 尚、写真を幾らか載せています。


 そちらもご覧ください。





















  


◇フットパスの魚貫コースを歩いてみて≪?≫

 と思ったことが幾つか?

  疑問を2つ・・・



<祇園山脇の‘三面地蔵様’!

   地蔵様の由来は?今のところ不明です。>


 フットパス・モニ・よかところ!

 


<魚貫村歴代村長の中に‘永野国子’村長の

  名が・・・まさか女性の村長さんでは?> 


 フットパス・モニ・よかところ!


◇以上、フットパスで地区内を回っての疑問?

 只今、調査中です。

 御存じありませんか?

 

 

◇2/16(土)、フットパスコースづくりの下見会

 をしました。

 *権炭海岸→権現山炭鉱坑道入口→ばんしょ

    うた→集会所→海岸→迎郷→上ん町→住吉

    神社のコースを歩きました。


 *魚貫育ちや魚貫在住以外の人の眼から見た

   “魚貫のよさ”の再発見に繋がっていけば

   と思っています。

 *当日は魚貫崎結の里の武田さん、各区長さん

  方、そして地区からの参加希望の2人でコース

  巡りをしました。


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  [少し寒い中の下見になりました!]


フットパス下見!


     [権炭海岸の炭鉱の跡!]


フットパス下見!


[炭鉱の跡。ダイナマイト置き場だったのか!]


フットパス下見会!


      [これは、地蔵様!]


フットパス下見会!


  [井戸の跡。今も水は沸いています!]


フットパス下見会!


     [防波堤完成記念碑!]


フットパス下見会!


      [昔懐かしい店舗跡!]


フットパス下見会!


      [上ん町への上り道!]


フットパス下見会!


       [魚貫住吉神社!]


フットパス下見会!


[裏手の本堂の彫り物はとても素晴らしいです!]


フットパス下見会!


    [これは何の建物だったか!]


フットパス下見会!


   [まるで土蔵のような建物で!]


フットパス下見会!


















     濱名志松著“天草伝説集”より


・・・  ≪池神様≫・・・


    魚貫町池田に大きな池がある。

  昔大津波によって湾の入り口に海底の砂がゆりあげられ

   て池となったもので、東西175メートル、南北330メートル、

   深さ約3メートル、周囲約800メー トル、天草島一の大池

   である。

    この池から池水が、海に流れていく川の台地に「池神

   様」が祀ってある。

  ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

    昔、この池田の池に大蛇が棲んでいた。

 その大蛇は男大蛇であったという。

 正月には、その大蛇が若衆に化けて水の上に座っていた

  こともあるといわれ、それを見た者は目が不自由になった

  とも伝えられている。

    この池田の池の突端の岬は「魚貫崎」という 天草灘の

  荒海に面している。

 その遙か北方は海を隔てて天草町大江に「お万が池」と

  いう大池がある。

    その池には女大蛇が棲んでいて、その女大蛇の許へ

  池田の池の男大蛇が毎夜通っていたといわれる。

    その通路は「池田」から「唐干田」というところを通って

  海岸の絶壁を海に下りて泳ぎ渡っていたといわれる。

 今でも向辺田という所の海に面した断崖に大蛇のはい

  登ったり、下がったりした通路が鮮やかに残っている。

 そのために、大蛇の通路にあたる、唐干田の田畑が荒ら

  されて農民は困り果てたという。

    田植えのすんだばかり水田が、大蛇がのたうって通っ

   たために、かき田のようになり、甘藷畑も荒らされて収穫

  がなかった。

 そのために村人が困っている時、一人の旅僧が通りがか

  って田畑が荒らされるのは大蛇の通り道のためである。

   日輪様をその通り道に刻んでおけば、大蛇はそこは通る

   ことができなくなる」と言った。

 そこで、村人は相談して、その旅僧の言ったとおり、唐干

  田の入り口にある大きな墓石の面に「日輪」を刻み、その

  下に「南無阿弥陀仏」と彫り込んだ。

 それを切石様と呼んだ。

 そしたら、それ以来田畑の荒れることが無くなったという。

   ところがこんどは、魚貫崎の岬の沖合いに鯖、鯵釣りの

  漁船が嵐もないのに転覆して難破船が出て漁師たちが死

  んだ。

 そうした船の遭難が続くので、これは大蛇が海から魚貫崎

  の岬の沖を泳いで、大江の池にゆくからだということになり、

  西海岸の長山の鵜首(うくび)というところの小島に「月輪」

  を刻んだ。

 それを地域の人達は三日月瀬と呼んだ。

 それからは、漁船の転覆もなくなり豊漁が続くようになった

  といわれている。

 通路をふさがれた男大蛇は、それからどこへも出られなく

  なって、池田の池の主になったという。

   それを祀ったのが「池神様」である。

 祭礼は旧三月十八日、池田区の人たちが集まり盛大に催

  す。

   「切石様」も、「三日月瀬」も、今もあざやかに残っている。


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        <現在の池田池!右側に池神様>


大蛇伝説


 









  

 




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