クリスマスイブに誓ったこと

過去からの手紙

 

 昨夜はクリスマスイブ 年齢を重ねると楽しみもその分半減していくような気持ちで迎えた。

 

 子供達はそれぞれのクリスマスイブを楽しんでいる。家族でケーキ入刀などというイベント的なこともない。

 

 夫婦水入らず、紅茶とショートケーキで静かなイブを過ごすことにした。

 

 「最近の人たちは携帯でメールできるし便利ね」と妻。「でもスマホではメール障害が起きて個人情報が漏れる事もあるんでは」と私。

 

 携帯電話は便利である。相手がたとえ出なくても着信履歴は残る。メールをしておけばとりあえず連絡した事実は残る。最近では待ち合わせの時間さえ「ごめん少し遅くなる」で済ませてはいないか。

 

 「そうね私たちが若いころは手紙しかなかったから」タンスから持ち出した独身時代の手紙。そこには昭和51年12月24日の消印。

 

 「読もうか」と妻が言った「いやいいよ」 若いころの弾むような思いがよみがえりドキリとした。その場所へもう一度戻りたい気もした。でも叶わないこと。それより大切な思いを心に留め、これから先も夫婦で楽しい日々を送り、積み重ねの日々が20年30年先に良い想い出となるようにしたいと誓った。

 

 

天草本 キリスト教布教書 公開

天草本ドチリナキリシタン

 

 東京・文京区 東洋文庫ミュージアムで1221日より、キリシタン版の最高傑作ともいわれる天草本『ドチリーナ・キリシタン』が公開されている。

 

 1592年、キリシタン弾圧のさなかに、イエズス会の宣教師らが天草市河浦町のコレジオ(神学校)にて日本で初めて活版印刷された。

 

 キリシタン弾圧の中で、しかも420年前に、紙は?インクは?製本は?どのようにして布教に使われたのか?江戸時代のキリシタン弾圧の中でなぜ一冊残ったのか?現在私たちは目の前にある本をとおして様々な思いを抱くことができる。

 

 熊日新聞にも紹介された。・・・

 

 その天草本の記事の下に気になる記事が、ドコモスマホメール障害 10万人に影響。携帯メールはいつでも、どこでも、誰とでも簡単に近況を交換できる。手紙の代わりにメール。

 

 本も情報端末で読むことができる。文明の発達により即時性は向上した。でもそれらは後世に残っていくのだろうか?

 

 改めて広辞苑で文化と文明を検索した。

 

 文化とは人間が自然に手を加えて形成した物心両面の成果・・・・文明とほぼ同義に用いられることが多い。西洋では人間の精神的生活にかかわるものを文化と呼び、技術的発展のニュアンスが強い文明と区分するとあった。

 

 文明の発展により利便性は向上した、しかし手間をかけペンを走らせ相手への思いを繋ぐひと手間が大事なのではないだろうか。

 

 東洋文庫ミュージアムでは2月26日まで公開される。天草の文化遺産ともいえる「天草本」を是非見てみたいと思う。

 

 

 

東洋文庫ミュージアム http://www.toyo-bunko.or.jp/museum/

 

天草キリシタン館   http://www.city.amakusa.kumamoto.jp/kirishitan/ 

昨夜、大先輩のお通夜にお参りさせていただいた。

祭壇は花で飾られ式場にも溢れんばかりの花で飾られていた。

 

その職場の先輩とは歳は30近く離れており、部署も一緒になったことはない。

 

廊下ですれ違う時などに微笑みながら「元気か」と一言。

残念ながらそれ以上の記憶はない。

 

着席し祭壇に目を向けると遺影写真がこちらを向いて微笑んでいる。

「おい元気か」今日もその言葉が遠くから聞こえたような気がした。

 

お通夜にお参りさせていただく時、お経を聴きながら静かに個人を想い。

お寺さんからの法話、親族の方の故人に対する思い。弔問客へのお礼の言葉を聴く。

 

人それぞれに人生を精一杯に生きてきた終焉の席ではある。

心静かに、数々の想い出を辿れば、その故人の生き方に学ぶてんが多い。

 

「元気か」その一言の裏には、後輩を思う心温かい気持ちが隠されていたのだと今あらためて気付かされる。

 

携帯電話やメールなど文明は発達したが、残念ながら伝わっているようで大事な部分がつながっていない。

 

年齢や地位や性別にかかわらず、相手の気持ちになって接することをもう一度自分自身に問いただしてみたい。

 

 

 

 

 

 

 

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