前回の日記の更新は昨年の大晦日でした。

きょうは今年初めての更新なので、謹賀新年のご挨拶です。

「あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願い申し上げます。」

早いもので、今年ももう2月です。

1月行く月、2月逃げ月、3月去る月と、年初の3ヶ月は足早に過ぎていくようです。

きょうは建国記念の日。

午前、歯医者さんに行って来ました。

入れ歯のかみ合わせの型取りでした。

次回は合わせてくれると思います。

さて、あったか天草椿まつりの事務局を引き受けて2回目のまつりが間もなく始まります。

今週の土曜日に椿まつりの開催を知らせる幟旗を立てて、西平椿公園への誘導をします。

そして、15日から3月1日までの土日は、椿公園ガイドということで公園の案内、コーヒーなどを振る舞います。

天草椿油や、カメリアクラブのメンバー栽培のミニトマト、地元農家のミカン不知火などを販売する予定です。

また、椿スケッチコンテストの作品応募受付も行います。

午前9時から午後3時半まで椿公園に居ますので、皆さんどうぞおいでください。

メインイベントは3月2日(日)午前10時開会です。

地元の人のギター演奏や、若手歌手のステージ、大道芸などが行われます。

また、海賊鍋やバーベキュー、おにぎりのバザーもあります。

また、福連木子守唄まんじゅうなど特産品の販売も行われます。

椿スケッチは当日も受付し表彰式も行います。

特別賞はお米10キロか、デコポン5キロです。

まつりの最後には紅白のもち投げをします。

もちが好きな方、拾うのが好きな方、見ているのが楽しみな方はぜひおいでください。

予定ではもち投げは2時半頃からになります。

椿は桜とは違い、一気に開花するものではありませんが、やがて公園内の椿も見頃を迎えます。

今年は、椿の花がたくさん咲いています。

本当にたくさんたくさん咲いています。

今年の見頃は2月下旬頃なのではないか、と、私は思っています。

願わくば椿まつりの期間、イベント日に雨が降らないこと。

前22回までの間、3回ほどイベントが中止されました。

今年も降らないで欲しいと思っています。

もし仮に雨が降っても、事前に準備してある特産品などの販売は行う場合があります。

まあ、現在一番気になっているのは椿まつりのことなのですが、

今週の金曜日には預かっているお宮の会計の監査もあります。

次週はお宮の総代会も予定されています。

今では随分なりを潜めていますが、病気の症状が出ないことを願っています。

平成25年もきょうで終わり、明日から平成26年が始まる。

1年暮らすのが短くなったような気がするのは年齢のせいかもしれない。

子供の頃は、あんなにたくさん遊んでも、時間があった。

凧揚げ、コマ回し、釘抜き、ビー玉、花にくだん、遊びもたくさんあった。

 

齢50を過ぎてなお親と一緒に暮らし、パラサイトとして生きている。

齢50でも子供は子供、親は親。

老親から見れば、私はまだまだ子供なのだと思う。

 

実は昨日、家の中でタコトッタ。

あぐらをかいていて、左足が少ししびれたような感じだったが、立ち上がろうとしたときに、

左足が引っかかり家の中でタコトッテしまった。

左足の膝の外側をテレビ台の角にぶつけて、傷になり血が出た。

 

私はどうやら体年齢が老化している模様。

昨年の人間ドックでは肺活量が70歳と言われた。

ので、タバコをやめることにつながった。

 

西保健センターの保健師さんが看護師さんを連れて、何度か我が家を訪問してくれた。

で、体重測定をして、年齢を設定、身長を設定すると色んなデータが分かるハイテク体重計で計測したところ、私の体年齢は何と76歳。

すでに老人の域に達しているのだった。

 

このところ体力が落ちていることを感じるときが何度かある。

まずは徒歩。

早足ができない、息がすぐに上がってしまう、長く歩けない。

力仕事、ミニ耕耘機を軽トラに乗せるのに、勢いをつけなければ乗せられたくなった。

ジャガイモの収穫をして、コンテナ10箱を運ぶことで精いっぱいになってしまった。

 

そして恐いのは、やはり家の中でつまずくようになってしまったこと。

日に何度か、コタツ布団などにつまずく、つまずきそうになることが多くなってきた。

最近になって気付いたことのひとつに、どんな座り方をしても、体幹が左に傾いていることに気付いた。

床屋さんでも、すぐに頭の傾きを修正されてしまう。

車の運転でも、左側に傾いている。

そして、しびれるのもつまずくのも、左足だ。

何とか早めに修正したい。

 

加えて、身体のバランスの悪さ。

片足で立ったまま靴下をはけるかどうかではなく、片足で立つこと自体ほとんどできない。

何とか治したい。

手指の不器用さも、このところ顕著になってきた。

カッターシャツの袖口のボタンを留めることができなくなった。

左手では右手の袖を何とか時間をかければできるときもある。

右手では袖口のボタンを留めるどころか、片手ではほとんど役に立たない。

自分の不器用さを認識しつつ生活をしていかなければならない。

 

来年の抱負は来年考えるとして、当面はここ2週間で増えてしまった体重を元に戻すことを目標としたい。

きょうはカライモ掘りをしてもらった。

 

カライモ畑は家の近くの2枚の畑。

上の段はイノシシにやられていて、ほとんど収穫はなかった。

 

何日か前、近所の人からカライモ畑にイノシシが入っていると聞いた。

その日の夕暮れ時、畑の脇にネットを張った。

でも、反対側の方から来たらしく、上の段はほぼ全滅だった。

 

下の段はあまりやられていなかったので、何とか食べる分はあった。

人家から10メートルぐらいしかないのに、イノシシにやられてしまった。

我が家がイノシシの被害に遭うのは初めてだ。

 

上の段にはアメリカ(七福)、安納紅芋、安納紫芋を全部で8畝作っていた。

安納紫以外は指の太さほどの芋しかなかった。

全部で土のう袋に3袋ぐらいの収量だった。

 

下の段は上の段はの半分の広さで、安納紅だけ4畝作っていた。

こちらは程々になっていて、土のう袋に12袋ほどあった。

残っていて良かった。

 

イモ掘りはまだ先にしようかと言っていたが、昨日母が畑に行って上の段が壊滅状態になっているのに気付いた。

そこで昨夜、急きょ従兄にカライモ掘りをお願いした。

すると従兄はきょう、朝8時頃来てくれた。

 

ツラを払い、芋を掘って選別し、土のう袋に入れて小屋まで運んだ。

きつい作業のほとんどは従兄がしてくれたし、途中からは何気にやってきた伯母も加勢してくれた。

私はほとんど役立たず。

 

重い体と不器用な手先ががアダとなって、カライモを袋に入れることさえままならない。

最近は身体を動かすこともなく、ダラダラと過ごしていたので体も鈍っている。

マジで体重を減らさなければ、と感じたきょう。

 

この3ヶ月で3~4キロは減っているが、まだまだ。

何とか減らせるように頑張ろうと思っている。

歩くこともしなければならない。

きゅうは10月の4日になり、今年も残り3ヶ月になりました。

今、統計調査の調査員をしていて、調査票を取集しているところです。

残るは1件だけ。

明日行く予定です。

今回は歩かなければならないところも多く、足痛の私にはちょっと苦しい作業でした。

足痛は左の臀部痛から始まって、痛いところは下がってきて、今はふくらはぎの反対側のすねの横が痛いです。

距離を歩いたり、階段の昇降が続くと、そのあとには痛みが残ってしまいます。

左足で立ってもバランスを失うことが多く、片足立ちができない状態です。

痛いところにモーラステープを貼っていますが、すぐに剥がれてしまいます。

上手く貼れたときは、かぶれてしまいます。

足痛の原因はタレからだと思われます。

作業でタレひいて、それが長引いてしまっているようです。

痛み止めも飲んでいますが、なかなか痛みが取れません。

さて、9月も病院行きが多かったのですが、今月も同じになるようです。

1日、2日は統計調査の調査票の取集に回りました。

昨日3日は母を整形外科に連れて行きました。

私も電気を当てるリハビリをしてもらいました。

きょうは父を別の病院の整形外科に連れて行きました。

右足の補装具を作り替えるために、以前入院していた病院に連れて行きました。

きょうは補装具の会社から訪問がある日だったので、まずは医師の診察を受け、補装具屋さんと打合せをしました。

今回は手帳で作ることになりました。

父は脳梗塞後遺症のため右上下肢の麻痺で身障1級です。

事前に申請が必要で、再来週書類を送るということでした。

申請から許可まで1~2ヶ月かかると言うことで、補装具の交替は来月以降になりそうです。

 

 

 

最近、少しずつですが体重が減少傾向です。

目標は2桁になることです。

あと4キロほどで2桁に届くので頑張ろうと思っています。

 

でも、2~3キロの増減はハンドルの遊びみたいなもの。

現在は3キロ台に定着するように調整しようと思っています。

 

体重の減少とともに、血糖値が下がってきて安定しています。

ヘモグロビンA1cも、6.4と良い数字がでています。

このペースで行けたら良いなと思っています。

彼岸も過ぎて9月もあと数日で終わります。

暑さも和らぎ、ここ数日は快晴の日々です。

 

きょうは味噌をつきました。

一昨日、丸麦20キロと米10キロを蒸して、麹を寝かせました。

きょうは麹も良い塩梅になったので、大豆を煮てすりつぶし、麦米と塩と混ぜて大豆の煮汁を加えて練り込み、味噌樽に漬け込みました。

年中行事のひとつが終わり、ホッと一息です。

一月寝かせれば程良い具合になると思います。

 

このあとは雨待ちです。

大根、人参、玉葱の種まきが遅れています。

白菜などの葉物野菜の苗も育ってきています。

 

私は腰の辺りの鈍痛(左側)と左足のふくらはぎも痛くなり、先日初めて整形外科を受診しました。

診察では痛みは一過性のものの可能性が高いと言うことで、痛み止めと貼り薬を出してもらいました。

体重はもちろんまだまだ100キロを超えたままです。

ギックリ腰は1度だけありましたが、足腰膝の痛みはこれまでにあまり経験がありません。

今回は少々勝手が違い、腰痛持ちにならなければ良いがなぁと思っています。

 

夏の終わり頃から血糖値と体重が少しずつ減少傾向です。

血糖値と体重は相関関係のようで、減は良いことなのでこのまま体重が減らせればと思っています。

秋は味覚の秋、食欲の秋、天高く馬肥ゆる秋です。

自重しながら秋の食を楽しもうと思っています。

 

一連の盆行事も終わり、叔父たち夫婦は滞在5日間。

従弟夫婦、弟家族、妹家族も1日だけは会となった。

 

雨が欲しい。

他の地方では洪水や災害になるほどに降っているのに、我が家の周りには思うようには降ってくれない。

 

しかし、雨模様の天候で一時期の烈暑は一服した感じだ。

夜は鈴虫の音が響いている。

 

今夜から明日にかけて前線が南下する。

潤うほどの雨が降って欲しい。

 

猛暑日が戻ってこないことを願う。

今朝、墓掃除に行って来た。

ものぐさな私はあんまり掃除というものは得意じゃない。

納骨堂を建立して11年。

以前の石の墓に比べれば格段に管理しやすくなった。

年に何度か墓掃除に行くが、掃くだけで良いのでとても助かる。

 

この夏、本家が墓所を変えたので、

共同墓地だった墓所は我が家ともう1軒の2つだけになってしまった。

寂しいが仕方ない。

それぞれの家の考えで設置や管理も仕方も変わってくる。

代変われば世変わるのだ。

 

暑い日は続く。

やがて盆が来る。

今年は叔父夫婦が帰省する。

数日間の滞在予定。

父の兄弟姉妹は遠方にいるので帰省もままならない。

できる限りおもてなしをしたいと思う。

早くも8月になってしまいました。

暑い暑いと言ってサボっていたら草ボウボウ。

このところ、早朝5時半頃から草払いを何日かやりました。

 

雨が降らないので畑はカラカラ。

トウモロコシも枯れ始めました。

元気なのは雑草とカライモぐらいです。

 

カライモは強いです。

スイカも2株枯れ始めました。

ぐったりしています。

 

今年は何がよかったのか、スイカは豊作でした。

接ぎ苗を6本植えていました。

20個ぐらいなりました。

 

玉も大きく、甘さも十分でした。

今は2番なりがなっていますが、この日照りなので大きくなれないようです。

雨が欲しいです。

 

2週間後はお盆。

今年は叔父夫婦が帰省する予定。

別便で来る従弟とも、38年ぶりに会います。

 

掃除をしたり、布団を干したり。

迎える準備も少しずつ進めています。

早く雨が降って、お盆の時期は好天になるように願っています。

 

きょうから8月。

今年もすでに210日以上が過ぎました。

早いです。

 

 

 

 

昨日と今日と2日続けて朝から草払いをした。

起きるのは5時前後。

作業服に着替えるのに手間取る。

 

ズボンのベルトを上手く通せない。

シャツのボタンを留めるのに苦労する。

特に袖口は片手で留めなければならないので、とても時間が要る。

 

きょうは5分間トライしたが左右とも留めることはできなかったので、結局ボタンは留めずに外に出た。

草刈り機で草を切るのだが、なかなか機械を上手く使いこなせない。

作業が下手くそなのだ。

 

自分もそこら辺は十分分かっているので無理はしない。

昨日も今日も遅れて母が来て、鎌で切り残しや木の周りを切ってくれる。

有り難い。

 

作業は6時前から7時過ぎまで1時間少々。

日が昇る前には上がってくる。

しっかり汗もかくので水シャワーを浴びる。

 

昨日は草刈り機を使用中に病気の症状が出た。

すぐにエンジンを止め、草刈り機を身体から外して四つん這いになった。

唸っていたのは2分間ぐらいだろうか。

 

この症状は日によって頻度は違うが、毎日のように出る。

前兆はない。

疲れているときにはよく出るようだ。

 

この症状が出始めると何もできなくなってしまう。

昨日も症状が出た後はすぐに作業を止めた。

運転中と作業中は常に用心をしている。

 

さて、きょうは朝食後にゴミを搬出した。

つぼねに置いてあった弟の荷物を振り分けてもらっていたので、捨てる分を軽トラに積み込んだ。

本類が多かったので、持ち運んで積み込みをするだけで十分汗をかいた。

 

十三野のゴミ処理場へ運んだ。

古いガス台やトタンなどもついでに積み込んでいった。

処理料は900円だった。

 

車の中はエアコンが効いて快適。

軽トラの中で汗は次第に乾いていき、十三野に着く頃には汗は引いてしまった。

帰りは冷えすぎるぐらいだった。

 

家に帰ると叔母がキュウリを持ってきてくれていた。

家の中は暑い。

外も暑い。

 

このところ、晴天続き。

この暑さはいつまで続くのだろうか。

雨が欲しい。

 

 

 

このところ、寝付きが良くない。

眠剤は3種3錠だが、なかなか眠れない。

ので、安定剤を飲んだり梅焼酎を飲んだりすることもある。

 

本当はアルコールは薬の力を増幅させることがあるので、飲まない方がいい。

我が家は普段飲まないので、アルコールの類は自家製の梅焼酎しかない。

良くないのは分かってはいるけど、床に就いて2時間も寝付けなければ梅焼酎に手が伸びる。

 

寝付きが遅ければ目覚めも遅くなりがちだが、なかなかそうもいかない。

4時だったり5時だったりする時間に目が覚めてしまう。

睡眠時間が短い分、昼間に眠気が来る。

 

昼間は熱気と眠気の対決だ。

我が家は天井が低く、日当たりの良い場所にあるので、朝から暑い。

冬は暖かくて良いのだが、夏は猛暑に手こずっている。

 

天井裏に熱気が籠もっている。

築110年だから仕方ないが、数年前に改装して作った父母の寝室は良い。

断熱材を使っているのでエアコンも良い具合に効いてくれる。

 

昼間は居間というか広間というか、に、居る時間が多い。

パソコンもその隅っこに置いているので、パソコンのところに扇風機を持ってきている。

しかしエアコンを入れなければ扇風機の風も昼に近付く頃には熱風になる。

 

暑いので日中はなるべく家の中に居ることにしている。

夏には弱い夏生まれなので、暑気あたりに気をつけたい。

午前中は扇風機だったが、午後は多分エアコンも活躍してくれるだろう。

 

午後は眠気との闘いが待っている。。

眠気に負けて昼寝になってしまうときもある。

そうすると夜は一層眠気が来ない。

 

あと1ヶ月。

お盆も過ぎれば少しは涼しくなるはず。

頑張ろ。

 

 

今朝はどういう訳か4時に目が覚めてしまった。

ぱっちり目が覚めたので、そのまま起きた。

いつものように体重測定をして、ブログを更新。

 

メールチェックをしてアンケートサイトのアンケートに答えたりした。

特にすることはなかったので、シャワーを浴びた。

この時期は汗で肌がべとつくときが多い。

手強い頭皮のふけも多いのだが、シャンプーでサッパリした。

 

歯磨きも終わった。

次はひげそりだ。

何気ない日常、色んなことをやっている。

 

腹も減ってきたが、ここは我慢。

お茶で代用する。

父母ともまだ寝ている。

しばらくはニュースでも見て過ごそうと思う。

きょうは親戚のおばさんの一周忌の法要がありました。

母と私が案内され、二人行きました。

私たちが親戚の家に着いたあとすぐに和尚さんも到着されました。

予定より10分早く、お経が始まりました。

般若心経、大悲心陀羅尼、舎利礼文は分かりましたが、他のお経は分かりませんでした。

お経が終わってからの和尚さんのお話。

1年前にもこの家に来ました。

1年前のお葬式のとき、きょうここにおられる皆さんは全員いらっしゃったと思います。

私も1年生きてきました。

皆さんも1年生きてこられました。

あっという間の1年だったか、長ーい長い1年だったか、人それぞれでしょう。

私たちは1年という時間を生きてきました。

でもこれは当たり前の1年ではないんです。

命あるものは必ず死が訪れます。

きょう、ここに集まった皆さんは、偶然生きていたんです。

だからきょうここに集まることができました。

生きていると言うことを当たり前だと思わず、生かされていると思わなければなりません。

と言う趣旨のお話だったと思います。

「偶然生きていた」というフレーズが琴線を鳴らしました。

そう言われると、来年の6月29日は生きているかなぁと疑ってもみたくなるのです。

急病や持病の悪化、はたまた事件事故に巻き込まれて、自分の不注意で事故に遭うなどして命を落とすかもしれません。

未来を見ることはできません。

過去をしか見えないのです。

この世に生を受けて50年。

偶然生きていたのでしょう。

生まれたのも偶然、生きていたことも偶然、とすれば死も偶然なのでしょうか?

でも、この世に生まれてきたということは、なにがしかの役目があると思います。

どんな役目を担っているのか知り得たときに、悟りに近付くのかもしれません。

法要の後、会食をしながら従兄が45年前の8ミリカメラの映像をテレビで見せてくれました。

そこには懐かしい人たちがいっぱい映っていました。

小学校入学前の私の姿もありました。

綱引きの応援中に、何故か突然歯磨きをしてしまうという失態を演じていました。

鬼籍に入った人たちが生き生きはつらつと動いている姿を見ることができました。

そこには本家の曾祖父、祖父母の姿もありました。

そして、昨年亡くなったおばさんの、カメラ目線の恥じらいの笑顔に一同大爆笑。

映像の力はすごいです。

きょうは良い供養の日になったと思います。

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