どんくタイトル

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 わるごろ

 昭和17年の春ごろのことだったと思います。夕飯をすまして役場を尋ねると折悪しくまだばたばたしている。そこで農協へ行こうと思い校舎の裏伝いに平屋の校舎の角(そこは当時家事室であった)を通ると急においしそうなにおいと共に若い女教員の料理を作る声である。農協では、村崎猛君を筆頭にいつもの顔触れが出揃っている。

 「やろうじゃないか」
 つまり小学校教員の宴会の御馳走をこちらに頂こうじゃないかと言うことで衆議一決する。と早い、会場は一番古い校舎の2階即ち裁縫室である。料理をそこまで運ぶ時間にこちらは盗み出そうと言う計画である。12個位の大皿の盛り付けた料理を4皿程頂いた。素早く持ち出すとこちらのもの、農協の当直室で悠々と宴会である。すましたものです。
 翌日、彼女等に会うとニヤニヤと私の顔を見ると笑い出すでは有りませんか。すでに犯人は私一人に絞られていました。
 この年のお盆でした。
 青年宿で「トコロテン貰いに行かんか」と言い出す奴がいました。トコロテンは中之迫川につけてあるのです。トコロテンは好き嫌いがあるが菰から一本ずつ下流から盗って行っても数十本になる。去る年の事、上流から下流へ向かう青年と下流から上流に向かう青年が途中で鉢合わせしお互いとは知らず、共に荷物を置いて逃げ帰ったと言う苦い経験談もある。
 また、「団子」(だご)はどうだと言い出す者、それと話が決まると中浦の目ぼしい家から2・3個ずつ頂戴するのである。団子はこの頃必ず軒下につるしてあるから取るのは簡単である。泥棒して食べると盗っ人の味が加算しておいしい。3・4人一組で出て行きながら経験者の
 「何処と何処は塩餡だ、何処のがおいしい。」
と、言う話を聞きながら実行。2時間位かかって、ざる一杯を取った。もう一軒で終わりにしようと言うことで最後の家に向かった。
 その家はしょうけ(ザル)2杯に「だご」を山積みにしてぶら下がっている。例の様に10個位取って帰るつもりが誰かが、
 「バア、此処んとん うまさ」
と言い出した。
 「そんなら一杯分交換して貰え」
と言い出したのは私で、夜中に他人の家の軒先で一個一個数えて「えつけじょうけ」一杯交換したのを覚えている。個数にして何個位あったろうか。
 夜の夜中に無断交換を終え、ゆうゆう二晩ほど食べた。