小山秀之進(こやま ひでのしん)は、洋風建築の先駆者であり、長崎の大浦天主堂をはじめ、数多くの重要文化財を手がけた。
小山秀之進の肖像
《主な業績》
1.国宝 長崎大浦天主堂の造営。
元治元年(1864)12月完成。当時の年齢36歳。
2.国指定重要文化財グラバー邸(木造)
文久3年(1863)完成。
3.国指定重要文化財オルト邸(石造)
慶応元年(1865)完成。
4.国指定重要文化財リンガー邸(石造)
明治初期の完成。
など、主として長崎に多く残されている。
5.三角西港の築港並びに洋館建築。
グラバー邸
上記のような長崎での活躍の際、御領や下浦石工により天草の石などでオランダ坂などが造られ、今に至っている。
創建当時の大浦天主堂
現在の大浦天主堂
=九州の海運界で名を馳せた小山家=
「島の徳者は大島様よ」とまでうたわれた小山家の国民屋(くにたみや)。隆昌のころは、「九州の積荷は小山の声で動く」とまで言われた。難民救済にも石本家と共に力を注ぎ、弘化4年(1847)の第一揆の際にも打ち壊しを免れた。
小山秀之進は、小山家の八世にあたる。
小山家初代の墓(御領大島)