3月2日、有明町全域で津波避難訓練が実施されました。

須子地区でも各区長・班長さんを中心に避難場所となっている9ヶ所に子どもからご年配まで約160人の方が避難訓練に参加。

 

この訓練は、東北地方太平洋沖地震での大津波による甚大な被害が発生していることや、過去に有明海沿岸に津波襲来が発生していることを受け、津波の驚異を認識し、被害を最小限に押さえるために実施されました。

小春日和の中、須子地区以内に区長・班長が指定した高台(避難場所)へそれぞれ参加され、防災に対する関心の高さが伺えます。

 

備えあれば憂いなしですね。

 

また、「第一避難所の須子地区コミュニティセンター」では、区長、班長さんから自主防災部会長へ避難状況の報告や、地域ささえ愛部会及び自主防災部会の給食班の方たちによる「おにぎりの炊き出し訓練」が実施されました。

一次避難所まで避難された約100人の方に、炊き出し訓練で作ったおにぎりが配給されました。

 

参加された方、寒い中でしたがお疲れさまでした

 

避難場所の様子①〔桜運動公園〕

H25津波避難訓練

 

避難場所の様子②〔長続(日当)山頂〕

H25津波避難訓練

 

状況報告の様子

H25津波避難訓練

↑自主防災部会長の報告

 

一次避難所でのおにぎり配給の様子

H25津波避難訓練

 

要援護者を想定しての訓練

H25津波避難訓練

↑保健師による問診

コメント(2件)
1   災害訓練
須子を出て50年超の私、長崎大変、肥後迷惑といわれた1792年(約220年前)雲仙眉山の崩落の為大津波が起き、須子諏訪神社はじめ須子全体が壊滅し今の須子の先祖は老岳の裏から移住した人と、昔、年寄から聞いた記憶が?あります。私の子供の時の記憶で不確実です。もし詳しくご存知の方、御一報頂けたらと思います。
山谷レッズ25 2014年03月11日 20時31分17秒     
2   山谷レッズ25さんへ
遅くなりましたが、コメントありがとうございます。
須子住民の移住関係ですが、須子小学校創立100周年記念で作成された「神楽崎」によると『大津波により甚大な被害があった』また、『1645年頃から移民が多くなる。』とだけ記されております。
その後に関しては不明であり編集された方々も亡くなっております。

ご年輩の方々にお聞きし詳細に判明したらご連絡いたします。希望に添えるようなご連絡ができるかわかりませんがよろしくお願いします。
管理人 Mail 2014年03月16日 17時29分32秒     

 

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