2011年12月25日

『銀天街物語』第四話

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     二人の来店者

文と絵 ☆K(ケイ) 

商店街のメインロードにある老舗の寿司屋と薬局の間の狭い路地に

 入ると ふんわりとした甘い匂いが 狭い通りに漂っていた    

 ( ・・・あ!  寿司ネタの厚焼き玉子 焼いてるな ・・・ )

 今朝は 親子揃って寝坊したせいで朝食を食べ損ねたうえ 高校の

売店では お目当てのカレーパンもメロンパンも売り切れで 仕方なく

梅干入りの三角おにぎり一個で昼食を済ませたユウコにとって

寿司屋の調理場の窓からもれてくる卵焼きが焼ける匂いは 実に

誘惑的であった   寿司屋の三軒先には ユウコの親友アサカの

両親が営んでいる小料理屋『青海』がある   

夕方五時からの開店なので まだ暖簾は出ていないが 準備中の

店内からは 夫婦の明るい笑い声が洩れていた  

ユウコの母が一人できりもりしている洋食屋『キッチンHIRO』は

そのまた数件先のところにある  夜の部の営業が午後六時から

なので そろそろ母親ひとりで準備に取り掛かかっている頃である

 ユウコはクラブ活動として 手芸部に在籍はしているが なるべくなら

放課後は母親の手伝いをしたいので 部活はついおろそかになっている

クラブの顧問の先生も ユウコの家庭の事情をよく把握しているので

彼女が部活を欠席ぎみなことも 大目にみてくれているのだ

 ( あ~あ  結局リョウちゃんに 話最後まで聞いてもらえなかったな~ )

 中途半端な気分のまま 彼女が準備中の札が下がったキッチンHIRO

ペパーミントグリーンのドアを押そうとした時 母親のユキエの

話し声が 外にまで聞こえてきた

 ( あれ? まだ準備中なのに・・・誰が来ているんだろ・・・?  )

 「 おかえり~! 今日も暑かったわね~ 冷蔵庫に麦茶冷えてるわよ 」

 ドアベルがチリンと鳴ったので 店内の一番奥のテーブルの傍に立って

 いたユキエが振り向いて ユウコに声をかけた

 「 ただ・・・いま・・・ 」 ユウコは 思わず 語尾を飲み込んだ

 

    

 

 母親のすぐ傍に 今朝 祇園橋で出会ったあの若者が・・・いたのだ!

 店の常連客のようにくつろいだ様子で 彼はユウコに声をかけた

 「 ああ!君! 今朝 あの橋のそばで会ったよね! 偶然だな~  」

 「 え~? じゃ たった今 話していた女子高校生って ウチの子なの! 」

 ユキエは すっとんきょうな声をあげた 

 「 登校の途中だったのに つい話し込んじゃって・・・ 遅刻しなかった?」

 ちょっと申し訳なさそうに尋ねた彼の目の前には 店自慢のオムライス

 の皿と 氷水の入ったコップが並べられていた

 オムライスは 端からきれいに半分ほど食べられたところだった

 「 あの~ ほんとうに 熊本からバスに乗ったんですか・・・ だとすると

 時間のズレが・・」ユウコは単刀直入に疑問点を彼に尋ねようとしたが

 ユキエが娘の話に割り込んできた 「 いまその話をしてたとこなのよ~

 この人ね、きのうから天草に来てたんだって! この近くにね! 」 

 「 昨日の夕方 本渡の町に到着してすぐに 歴史民族資料館ってところ

を見学したんだけど 展示品を見ているうちつい時間のたつのを忘れて

次の目的地の祇園橋に着いた頃は もう あたりがすっかり暗くなって

いてね ぼんやりと街灯に照らされた橋のアーチ型の黒いシルエットを

見ていたら よし!朝日の下で しっかりと橋の姿を眺めてやろう!

なんて思っちゃったんだ・・・ 」

「 商店街のイベント広場の屋外ステージの裏っかわで一晩過ごしたん

だって! まあ 今の季節だからいいけど 風邪なんかひいたりしたら

大変よ~  わかってたら ウチに一晩くらい泊めてあげたのにね~ 」

( 女二人暮らしの家に 初対面の若い男の人を泊めるって・・・

冗談やめてよね お母さん! )ユウコは 眉をひそめて 母親を睨んだ

「 な~に変な顔してんのよっ せっかく 可愛い女子高校生に 声を

かけられたって言ってくれてたのに  可愛いって アナタのことよ! 」

 娘が可愛いといわれ ユキエは母親として 単純に嬉しがっていた

「 その可愛い女子高校生に野宿したって言いたくなくって ついつい

朝一番のバスに乗ってきたって 嘘ついちゃったんだって! ねっ! 」

「 あ ・・・ はいっ!」ユキエにうながされ  若者は コックリとうなづいた  

「 べつに嘘なんかつかなくっても・・・ だったらホテルにでも泊まって

たって言えば こっちも変にいろいろと勘ぐらないですんだのに・・・   

おかげで授業中ず~っと モヤモヤした気分だったんですよ! 」

彼が 美味しそうに オムライスをスプーンで口に運んでいるのを見て

お腹がすいているユウコは かなりきつい口調で 彼に抗議した

しかし 相手は そんなことには まったくおかまいなしの様子で

「 そうか~! ホテルに泊まって 祇園橋まで朝の散歩にきたって

いえばよかったのか~    それ、ぜんぜん思いつかなかったな~ 」

そう言いながら彼は タコの形に切れ目のはいったウィンナーを

ポイッと口のなかへ放り込んだ  

( ・・・なんでえ~? なんで タコウィンナーなの~~!                       

そんな子供っぽいもの うちの店のオムライスの付け合せにしたこと

なんてないじゃない・・・ おまけに 卵のうえにケチャップなんかかけ

ちゃって~  店自慢の手作りのデミグラスソースは どうしちゃったの )

お子様向けに変貌してしまったキッチンHIROの特製オムライスの

皿を マジマジと見つめているユウコに気づき ユキエは いともあっさり

と彼女に言った 

「 だってこれ コウジさんのリクエストのオムライスだもん! 」

( コウジさん? お母さんたら この人の名前まで知ってんだ~! )

「 お昼まだ食べてないっていうから オムライスならすぐできるけどって

言ったら じゃあ 卵の上にケチャップをちょっとかけてくださいって

注文されちゃったの     タコウィンナーは オ・マ・ケ! 」  

「 この店 なんか居心地よくて つい甘えてしまって・・・ 小学校の頃

母親が ケチャップのかかったオムライスをよく作ってくれてたんです

なんだか あの時食べた味の記憶が よみがえったみたいで・・・ 」 

( 二十歳はすぎてるみたいなのに・・・随分と お子チャマだな~ )

遠くを見つめるような眼差をした若者を見て ユウコは内心そう思った

「 あのね、コウジさんのお母さん コウジさんが中学生の時 病気で

亡くなったんだって・・・ 」 ユキエは しんみりとした口調になった

彼は 自分の生い立ちまで ユウコの母親に話していたようである

ユキエは こういったシチュエーションに めっぽう弱い性格である

キッチンHIROに来店するのは 食事目的の客ばかりではない

とびこみのセールスマンが額に汗をにじませながら「 天草まで来た

のに これだけ売れ残ってしまいまして~ 」と言いながら 商品を広げ

だすと ユキエは 「 じゃ、ひとつ いただくわね 」と 使いもしない商品を

購入してしまうのである      おかげで さほど広くもない二階の居住

スペースには いまだ開封していない健康食品や自然化粧品やアクセ

サリーや おそらく 当分は使いもしない血圧計が入った箱などが

いくつも積み上げられている

( でもどうして この人 ここにいるんだろ・・・? お店はまだ準備中

なのに お母さんも なんで オムライスなんか作ってんの~? )

 キッチンHIROは 商店街のメインロードから ちょっと路地に入り

込んでいるので 彼のような観光客が偶然通りがかって立ち寄る

ことは めったにないのである    もしかすると 彼には 何か来店目的

があるのかも ・・・  何故か彼女は そんな考えが浮かんだ 

ユウコは 彼に この店に来た理由を 尋ねてみようと思った 

「 あの~・・・ 」

「 ・・・え? 」 コウジと名乗る若者は オムライスの皿から目を離し

ユウコのほうを見た

その時! ドアベルが鳴って キッチンHIROの入り口のドアが開いた

ユウコたちがそちらに目をやると 老人が一人 その場に立ちつくし

ていた 「 あら!?フルカワさん すいませ~ん  まだ準備中で・・・ 」

老人に声をかけたユキエが 短く叫び声をあげた!

外の暑さのせいか 顔面は紅潮し 息が荒く 足元がひどくふらついて

いるその老人は 上体をかがめたまま ゆっくりと・・・

前方に倒れ込んでいった・・・

 

*おことわり*

地元小説の性格上 実在の地名・学校名・施設名などが

登場しますが これは あくまでフィクション小説です