江戸時代の頃から福連木地区の東の山間部には、約300ヘクタールにわたり、樫の木ばかりの美しい天然林が広がっていました。

この山は『角山』といい、地区住民の共有林であり稼ぎ山でしたが、山の樫の木が日本一の槍の柄になると知られたことから、およそ200年もの間、江戸幕府直轄の領地となりました (現在の国有林で、山々を福連木官山と称されました)。 幕府の山となると同時に、『御林』、『おとめ山』といわれて地区住民は一歩も山に踏み入ることができなくなり、稼ぎ山が無くなってしまったことで苦しい生活を強いられたため、小さなかわいい娘たちまでもが子守奉公として出稼ぎに出て家計を助けました。 娘たちは異郷の地でまじめに務めましたが、夕方になって赤い夕焼け空を眺めるたびに、故郷懐かしさに「父ちゃーん、母ちゃーん」と両親を呼びながら望郷の念に駆られたのです。そんな娘たちの子守の心情を唄に託したものが『福連木の子守唄』です。

現在、福連木子守唄保存会が中心となって、正調の保存・継承活動に取り組んでいるほか、地元有志により「福連木子守唄&童謡まつり」を毎年開催しながら、多くの方にPRするなど、地域が一体となって子守唄の保存継承に取り組んでいます。 【問い合わせ先】 福連木里づくり振興会事務局 TEL 0969-45-0001
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