大多尾地区振興会
新和町大多尾地区は下島の東中央部に位置し、不知火海に面しており、漁業、そして温暖な気候を利用して果樹を中心とした農業が盛んです。
縄文期に作られたと言われる古墳や支石墓群、安土桃山時代の武将である志岐麟泉を祀る麟泉宮、その他魅力ある伝説を持った歴史文化財が点在しています。あたかも我々後生の者たちを見守っているかのようです。その史跡のほとんどが、不知火海を見渡すことができる場所にあり、素晴らしい景観に心癒すことができる場所です。
今回は史跡の中で、志岐麟泉の伝説が残っている麟泉宮と経塚の紹介をします。
麟泉宮

小西行長軍勢の攻撃に戦意を喪失し、志岐麟泉は密かに城を抜け出し、麟泉の一族で出水(鹿児島県)の島津義虎に援軍を求めて、対岸の大多尾の地に身を寄せました。
しかし、島津氏の数千の兵の援軍を敵と間違えた麟泉一族は、もはや打つ手なしと思い、この地で自刃して果てたという伝説が残っています。
経塚

志岐麟泉の死後、麟泉家臣の手によって遺骨を掠奪されることを恐れた大多尾の里人達は、墓地に近づくことを強く監視しました。
家臣らは仕方なく墓地の北側に礼拝所を設け、数百人もの人達が真心込めて運んだ石に経文を書いて積み上げ、主君の冥福を祈ったそうです。
問い合わせ先
大多尾地区振興会
0969-46-2445