2012年4月15日

『銀天街物語』第二十一話

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                         ヒロシ☆別れの日☆

                                                                        文☆K(ケイ)

 

いつもは 煩いくらいに 僕にまとわりついてくるユウコが

今日は朝から 妙に 僕と距離を置いている・・・

僕のことを 避けているのか!?

昨日のことで ご機嫌斜めの状況が ずっと続いているんだ

僕と目線が合うと プッとふくれっツラをして ユウコは怒ってる

んですよ!って ちっちゃい身体で 精一杯 僕に抗議している

んだけど・・・ そんなシグサも これまたカワイイんだよな!  

 こりゃ完全に 親バカだな~~ (笑) 

でもさ いくらユウコが可愛いくても パパだってスーパーマン

じゃないんだから  ユウコのおねだりを いつもいつも叶える

ことは出来ないんだからね~~

だけど・・・ 思えば これまで たいした病気やケガもせずに

よくここまで成長したね・・・ ユウコ!

五年前 ユウコが生まれる時 ユキエの華奢な身体つきから

もしかすると難産になるかもと心配したんだけど 意外にも

分娩室に入ると すぐに 大きな産声が 部屋の外のソファーに

腰掛けて待っていた僕にも聞こえてきたんだ

てっきり 男の子かと思ったくらい元気な産声だった(笑)

お医者さんや看護婦さんたちも 珍しいくらいの安産だと

話していたっけ・・・

ベッドの上に上半身を起こして 生まれたばかりのユウコを

胸に抱いていた化粧っけのないユキエと対面した時

この美しい人は 今日から 僕だけが独占できる存在では

なくなったんだと・・・ ちょっとだけ 寂しさも感じたな  

僕が 彼女の両腕から ソ~ッと赤ちゃんを受け取り 恐る恐る

自分の胸に抱きかかえた時 無防備に僕に身を預けている

小さな身体の意外な重さと温かさを感じて 僕にとっても

守るべき者が もう一人増えたんだなと・・・・・

「 君とおんなじ黒くて綺麗な髪の毛だな~~ 」

「 アナタそっくりの真っ直ぐな髪の毛よ~~ 」

生まれたての赤ん坊のまだ生え揃ってもいない髪の毛の

ことばかりを気にしている僕たち夫婦を 看護婦さんたちも

笑っていたよなあ~~

それから半年ほど後に キンさんの奥さんも 出産に臨んだん

だけど 高齢出産の割りには何とか無事に 可愛い女の子が

生まれたんだ!   それが・・・ アサカちゃん!

でも 母体の状態を考えると これ以上の出産は控えたほうが

いいとのお医者さんからの忠告だった

三人の中で イチバン難産だったのが ナカヤマグチさんの

奥さんだった!  ユキエより三才くらい上で まだ年も若く

周りの人たちも まさかこれほどの難産になるとは 想像して 

いなかったんだ・・・ 一時は 母子ともに危険に陥るほどの

状況だったけど 奥さんの頑張りと お医者さんたちの懸命な

処置のおかげで 二十四時間もかかってようやく 元気な

男の子が誕生した! それが・・・ リョウスケくん!

でもその出産で 奥さん以上に 旦那さんのほうが疲労困憊

しちゃって・・・ 生まれてくる赤ちゃんのことも もちろん心配

だったけど このことで 自分の愛する人まで 失ってしまう

のではないかという恐怖感に 二十四時間苛まれ続けて

いたんだものね・・・

「 こんな経験するのは 二度とイヤだからなっ!

子供は一人だけでいい!  オマエのほうが大事なんだから!

二人目を産むんだったら 俺 その前に 離婚すっからな!」

出産したばかりでグッタリしている奥さんに向かって 旦那さん

泣きながら ちょっと理不尽なこと口走ってしまったそうだけど

・・・でも その気持ち 僕だって よ~くわかるな~~

出産というものが 女性にとって いかに大変なものなのかを

改めて思い知らされた出来事でもあったな~~

ホント こんな時 男って 何にも出来ないものなんだな~~~

というわけで 目下のところ シモガワラ家と コマツバラ家と

ナカヤマグチ家は それぞれ子供が一人だけなんだけど

この三人が これまたスゴク仲がよくて 僕ら大人の間では

仲良し三人組》って呼んでるんだ 

カメちゃんなんか 《銀天街一人っ子トリオ》なんて言ってる(笑)

お産が軽かったせいもあって ユキエは ソロソロもう一人

子供が欲しいって言いはじめて・・・

そうだな~~  ユウコにも 妹か弟がいたほうがいいかもな~~

天涯孤独だった僕にも この天草の地で 愛する家族が 一人、

二人と増えていく・・・ なんて不思議な なんて素晴らしい

出来事なんだろう!

ところで・・・ ユウコが 珍しく オカンムリの理由なんだけど・・・  

そう、昨日の午後は キンさんの奥さんが その仲良し三人組を

 幼稚園まで迎えに行ってくれたんだった

帰り道の途中 祇園橋のあたりで ウロウロしている捨て犬らしい

一匹の子犬を見つけた子供たちが 家まで持ち帰ろうとするのを

奥さんから止められて・・・ キンさんも僕の処も 食べ物商売だし 

リョウスケくんのお母さんは たしか 犬とかネコが苦手のようで・・・

三軒とも 子犬を飼える環境ではないものな~~

でもユウコは その子犬を飼ったがって 奥さんが止めるのを

きかずに 家まで抱き抱えて帰ってきたんだ

「 子犬って 今はこんなに小ちゃくても すぐに大きくなるからね~ 

もう少し広い家に引っ越したら その時は 犬でも猫でも飼っていい

からね! パパ 約束する!  でも今はダメ! 諦めなさい ユウコ 」

僕の言葉をジッと聞いていたユウコは シブシブながらも納得した

様子で 店の外に出て行った・・・

( ユウコ あの子犬 どうするつもりかな・・・? )

ちょっと可哀想な気もしたけど 夜の部の準備にとりかかる時間も

迫っていたので そのことは すぐに忘れてしまっていたんだけど・・・ 

そのころ 仲良し三人組は 商店街の中ほどにある広場に集まって

広場の一角にある野外ステージの裏の雨露をしのげる場所を

見つけて ダンボール箱で 子犬の寝床を作っていたらしいんだ

ところが ちょっと目を放した隙に 子犬が何処かへ行ってしまって・・・

三人で 商店街中をアチコチ探したそうなんだけど 結局 見つから

なかったみたいで・・・ 夕方 家に戻ってきたユウコは ズ~ッと

僕のことを恨めしそうな目つきで 睨んで・・・

え?  結局は 僕が悪者になってるワケなのか?  

勘弁してくれよ ユウコ~~  仕方なかったんだからさ~~     

一夜明けても 相変わらず 彼女の機嫌は 直っていない・・・ 

けれど僕は そうそうユウコのことばかり気にしてはいられなかった

今しがた出来上がったばかりの 『キッチンHIRO』特製の

洋食弁当》 そろそろ 配達しに行かなきゃ

昨日 天草高校の事務室から予約注文の電話があって 今日の

お昼過ぎに 洋食弁当》をひとつ 配達してもらいたいとのこと・・・

なんでも 今年 定年退職される先生からの依頼だということだった  

弁当と代金の受け渡しは いつも 事務員さんを介してのことなので

実際どんな人たちが 僕が作った弁当を食べているのかは判らない

けど 定年退職という節目の日に 『キッチンHIRO』の弁当を

わざわざ選んで注文してもらえたなんて なんだか光栄だな~~

店を出る時 ユキエに 何て声をかけたのかは・・・ よく覚えていない

何時ものように 「 じゃあ 行ってくるよ!」 とか言ったんだろうな ~

ユキエのほうも 「 バイクの運転 気をつけてね!」って 僕を送り出す

時のいつもの決まり文句を言ってたに 違いないんだけど・・・

こんな会話が 僕たちの間で これからもずっと 交わされるものだと 

でもこれが 僕とユキエの最後の会話になるなんて その時は・・・

思ってもいなかった・・・!  

店の外に出ると ユウコは 入り口脇に置いてあるプランターの土を

去年の商店街の夜市の露店で買ってあげた黄色いオモチャの

スコップで ひたすら意味も無く ほじくり返していた・・・  

彼女のすぐ横にいる僕の方を 見向きもしない・・・

完全に 僕のことを無視している!

「 ユウコ~ パパ これから 学校にお弁当を届けてくるからね! 

お昼食べるの もうちょっと 待っててくれる?

帰ったら ユウコの好きな玉子フワフワオムライス 作ってあげるよ 」

案の定 大好物のオムライスという言葉に ピクッと反応した

ユウコは 私の方へ パタパタと駆け寄ってきた 

「 ねぇねぇ~  タコさんのウィンナーも~~? 」

私が着ていた皮ジャンの裾を プックリとした指先で引っ張りながら

彼女は これまたプックリとした唇を丸くすぼめて おどけてみせた 

どうやら タコの真似のつもりらしい(笑) 

「 ああ タコさんのウィンナーもね!」 僕も 思いっきり唇を丸く

突き出して タコの真似をしてみせた  

「 キャハ~!」 ユウコが 弾けるように 笑った! 

どうやら今回は この作戦で成功したけど・・・  いつまで こんな

子供騙しが通用するのかな~~ 

僕は ヘルメットを被りながら そんなことを考えていた 

僕が 最後に見たのは つい先ほどまでのふくれっツラの彼女

ではなく 満面の笑みをたたえて僕を見上げている 愛しいユウコの

姿だった・・・ 手袋をはめる前に いつもそうするように 彼女の

おかっぱの頭を撫でると 僕の指の間から ストレートで 艶のある

黒髪が サラサラと こぼれた

「 パパあ~~   早く帰ってきてね~~   バイバ~イ! 」

店の前の路地に佇んで 僕が乗ったバイクに向かって 小さな手を

振り続けているユウコの姿が バイクのバックミラーに映っていた

 

そして それが・・・

                                

僕が最後に見ることが出来た可愛い我が子の姿だった・・・・・・

 

*おことわり*

地元小説の性格上 実在の地名・学校名・施設名などが

登場しますが これは あくまでフィクション小説です