2012年4月7日

『銀天街物語』第十八話

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                   ヒロシ☆キッカケは車海老☆

                                                                                   文☆K(ケイ)

生まれ育った東京から遠く離れた天草の それも 本渡の

町の商店街で 僕が どうして洋食屋を開くことになったのか

きっかけは ほんの些細なことだった・・・

銀座の洋食屋で修行を始めて六年が経ったある朝のこと

 いつものように その日のランチとディナー用の食材を

築地市場に仕入れに行ったオーナーシェフが 店に戻ってから

当日のランチに必要な海老を買い忘れたことに 気づいたんだ

通常のランチメニューにはないんだけど その日は 店の常連客

から特別に 海老フライの注文が入っていて・・・ その肝心の

海老を買い忘れたって・・・ オーナーが そんなことするなんて

滅多にない・・・ いや、僕の記憶では 全くなかったことだった  

でもそれが 僕と天草を結びつけるキッカケとなったんだけど・・・

そろそろ材料の仕入れも任されるようになっていた僕は 彼の

代わりに バイクで築地に向かった

築地市場は もうとうにセリの時刻も過ぎていたけど 場外市場の

ほうは 観光客や一般の買い物客で たいそう賑わっていた

鮮魚店が並んでいる通りを  急ぎ足で 海老フライに良さそうな

車海老を探していたら 顔馴染みの魚屋のオヤジさんが 僕に

声をかけてきた・・・

「 ヒロシ~ 今時分 いったい何を 探してんだ~? 」

「 オーナーから 車海老 たのまれたんだけどさ~~

あんまり 活きのいいのがなくって・・・

最近 シケの日が 多かったからかな? 」

「 車海老だったら ちょうイイのが入ったとこだ!  ホラよ! 」

彼は 小さめのダンボール箱の梱包を解いて 中身を見せてくれた

そこには オガクズに体半分埋もれながらも ピンピン跳ね回って

いる十数匹の車海老が ・・・ たしかに 活きはいいけれど・・・でも

「 オヤジさん  これってさ~  箱に 『養殖』 って書いてあるよね~

どうかな~  ウチのオーナー 天然物しか扱わないヒトだから  」

「 車海老はな 養殖モノったって 天然モノにヒケをとらないんだぜ

料理人のくせして そんなことも 知らねえのか  このバカ!」

「 へえ~ そうなんだ~  熊本 テ・ン・グ・サ産活車海老ね~  」

「 テングサじゃなくて ア・マ・ク・サ! 

天草だよっ!  このダブルバカ!

オマエ 義務教育ぐらいは ちゃんと受けてんだろ~が~

いいから 四の五の言わずに コレ 持ってけよ!

不味かったら お代は いらね~からさ~ 」

口は悪いが 江戸っ子気質のオヤジさんに 半ば強引に車海老の

入った箱を押し付けられて店に戻ったものの 案の定 オーナーは 

かなりオカンムリ ・・・ ん~ やっぱり ちょっと マズかったかな~ 

でも オーナーが あれこれ文句を言っている暇もなく ランチタイム

時刻になってしまって・・・

「 悪いね オーナー!  ランチメニューにないものを頼んじゃって~

こないだの晩 ここで食べた海老フライが めっぽう旨かったんで

それで 今日は 私の大切なお客様を お連れしたんだよ 」

常連客の商社マンが 取引先の相手と 店に入って来たんだ・・・

「 そんなにおっしゃっていただいたら 私のほうも 料理人冥利に

尽きますよ! 今日は ヒロシが 活きのいい車海老を 仕入れて

きましたんで・・・ 」

客と顔が合ったとたん オーナーの先ほどの仏頂面は 満面の

笑顔に! う~ん さすがに 一代でこの店を築き上げただけの

ことはあるプロ根性!(笑)  

コンガリとキツネ色に揚がった海老フライは 食べる前から

美味しさが伝わってくるようで ・・・ やっぱり オーナーの

料理の腕前は確かだな~~ 

取引先の男性は 一口頬張ると 深くうなづきながら・・・

 「 君が言ったとおり ここの海老フライは最高だねえ~~

衣はサックリ  海老の身はプリプリしてるし とっても甘い! 」

と、満足そうに相手に言っているのを 厨房の隅で聞いていた

僕は ホッと 胸を撫で下ろしたものだった

「 ねえ オーナー  この海老フライ こないだ食べたのより

もっと美味しいような気がするんだけど・・・

え? アマクサ産の活車海老なの!?  

へえ~~ 長崎県からハルバルとねえ~~ 」

常連客がそう言うと すかさず相手のほうが 苦笑いしながら

「 君ィ~  勉強不足だなあ~   天草は 熊・本・県 だよ! 」

「 そうなんですか~~  私 天草といえば 天草四郎ぐらいしか

知らなくて・・・ 天草島原の乱っていうので てっきり長崎県かと 」

「 実は 天草は 海の幸山の幸と食材の宝庫なんだけどね~

まあ 全国的には アピール度が足りないかもしれんなあ~~ 」

取引先の男性の母方の実家が 偶然にも天草だということで

食事の間中 二人の客は 天草談義に花を咲かせていたっけ ・・・

給仕をしていた僕も それを傍で聞きながら 天草という土地に

何となく 興味を抱いたのかもしれなかった

車海老は 僕と天草を結びつけるほんのキッカケだったけど

さらに決定的な出来事が その数日後に起きたんだ!

店の仕事を終えて アパートに帰る途中にある小さな書店に

ブラリと立ち寄った僕は 何となく旅行雑誌コーナーに足を向けた  

( 天草は・・・ そうそう熊本にあるんだったよな )などと思いながら

熊本県版のガイドブックを一冊手に取って ペラペラとめくって

いると 後半のページに 《天草特集》の記事と写真が載っていた

そこに掲載されていた一枚の写真に 僕の目は 釘付けになった  

生まれて初めて見たその風景に 何故だか 僕は・・・

強く心魅かれたのだった! !!

*おことわり*

写真は 天草Webの駅・天草夕陽八景のサイトに掲載されている

第一回「天草夕陽八景」写真コンテスト最優秀賞「マリア像の夕陽」

をお借りしました

地元小説の性格上 実在の地名・学校名・施設名などが

登場しますが これは あくまでフィクション小説です