2012年4月5日

『銀天街物語』第十七話

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                       カメガワ☆未来への夢☆

                                                                                 文と絵☆K(ケイ)

 

ヒロシ ・・・ ヒロと初めて会ったのは 今から十九年前の

暑い夏の日の午後だったよなあ~~

その当時 商店街の中の電気店に勤めていた私は 今度新しく

開店する小さな洋食屋の電気工事に出向いたんだけど・・・  

メインストリートから ちょっと路地に入ったその店は お世辞にも

立派だとは言えなかったけれども シンプルな内装に都会的な

センスが感じられて いったいどんな料理を食べさせてくれるのか

今からオープンが楽しみな ・・・ そんな店だった

店のオーナーは 私と同じくらいの年頃で ・・・ と、最初は思った

んだけど 実際は 私より三つも年下で ・・・ ん~ べつに 外見が

実年令よりも老けて見えるってことではなく ・・・ そう、ちょっと

古めかしい言い方だけど ロウタケテイル ・・・ って言葉が

彼には ピッタリだった

料理だけではなく 私よりずっと いろんな人生経験を積んで

きたんだな・・・ って そんな雰囲気のする青年だったんだ

蒸し暑い天井裏の電気の配線作業で 汗だくになった私のために

彼は 近所の自動販売機で買ってきた缶入りの冷たい飲み物と 

水道の水で濡らして固く絞った真っ白なタオルを 用意してくれた

真夏の夕暮れ まだ店内にはクーラーもなく カウンターの椅子に

腰掛けて 若者二人 それぞれの仕事の夢を語り合ったっけ ・・・

すぐ近所には キンジロウさんの小料理屋もあって クーラーの

効いたその店で 仕事の後の冷たいビールだって飲めたのに

そっちに場所を移すこともせず 何故だか男二人っきりで

いつまでも話し続けていたなあ~~

初対面のその日から 彼と私は お互いを「カメちゃん」「ヒロ」と

呼び合う 仲のいい友達になっていた ・・・

よほど気が合ったんだろうな~~

東京で六年間働いていた洋食屋を辞める時に そこのオーナーが

退職金と それに加えてかなりの額の餞別を ヒロに持たせた

らしいんだけど・・・

「 僕の店を一から作るんだから 開業資金には これまで給料を

少しずつ貯金してきたのを使うよ 」だって・・・ ヒロの奴 けっこう

一途で 頑固なところがあるんだよなあ~~(笑)

だから 私は 電気店に勤めている利点を生かして 冷蔵庫や

クーラーなどの電気製品は 何年か前の型のものを探し出しては

・・・ 今でいう アウトレット商品かな(笑) ヒロに勧めたんだった

そんなこともあって 開店の費用が  かなり節約できたらしいんだ

ヒロは それをとても喜んで 店が九月にオープンすると お昼は

マカナイ料理を二人分用意しとくから いっしょに食べようって

私を誘ってくれて ・・・ 私も ヒロの言葉に甘えたんだ 

表に「準備中」の札が掛かった店内で 男二人きりの なんとも

殺風景なランチタイムではあったけど(笑)

なにしろ当時は 今ほどは コンビ二や弁当屋やファーストフード店も

無くて それまでの私の昼食は 商店街のパン屋で買った菓子パンと

牛乳が定番だったから ヒロが ありあわせの材料で 手早く作って

くれる温かいマカナイ料理は 私にとっては もう ご馳走以外の

なにものでもなかった

「 ヒロのマカナイ料理が この先ずっと食べられるんだったら 僕は

嫁さんをもらう必要もないな~ 」

なんて よく冗談を言ってたけど 彼のマカナイ料理が食べられなく

なった今でも 相変わらず 独身のままなんだよなあ~~ 私は(笑)

九月の初めに開店したヒロの店に 半年過ぎた頃から  二十歳

くらいの可愛い女の子が ちょくちょく顔を見せることに気づいた

私は ある時 彼に尋ねてみた・・・

「 どこで あんな可愛い子と 知り合ったんだ~?

ガールフレンド いや、もう 恋人か? 」

ヒロは 「 そんなんじゃ ないですよ 」 と、曖昧な返事しか

しなかったけど・・・ そのうち何故だか その子は プッツリと姿を

現さなくなってしまったんだ

すると ヒロのほうにも 著しい変化が ・・・ 時折 ボ~ッと 遠くを

見つめるような目をしたり 私の話にもウワの空だったり 老人の

ように肩を落として 深いため息をついたり・・・

こりゃあ 誰がどう見ても 恋煩いに違いない(笑)

それで 私は ある夜 店の仕事を終えたヒロを 半ば強引に

キンジロウさんの店に誘って さほど酒に強くない彼に 無理やり

何杯も焼酎を飲ませ いったい何があったのかを なんとか

聞き出すことに成功した

勇気をふりしぼって( タブンそうだったと思うよ~ ) 好きな男

胸に飛び込んで来た あの可愛らしいユキエさんを ヒロの奴

こともあろうに 非情にも突きはなしちまっただと~!?

バカ バカ! 薄情者! 冷血人間! 加えて・・・

なんてモッタイナイことを~~!!! 逃した魚は大きいぞ!

「 僕は てっきり ヒロも ユキエさんのことが好きなんだろうと

思ってて それで ・・・ それで! 遠慮してたんだからなっ!

そんなんだったら もう オマエに 何の遠慮も しなくていいワケだ 

僕と付き合ったくださいって告白しに これから 長崎に行くぞ~!

愛と青春の旅だちのラストシーンみたいに 彼女の職場に乗り込んで

ユキエさんを お姫様だっこして 天草に連れて帰って来るからな! 」

ヒロ以上に しこたま飲んだ焼酎のせいで 思わぬ本音が 私の口を

衝いて出てしまって ・・・ 実はユキエさんは 私にとっても 気になる

存在だったんだよなあ~~ 

なんだかんだ ヒロにからんでいるうちに 私は 完全に酔いが回って

気づいたら 《キッチン HIRO》の二階の畳の部屋に 寝かされていた

ヒロとキンジロウさんとで グデングデンになった体格のいい私を

なんとか二階まで担ぎ上げたそうで 腹の上には タオルケットが

掛けられていた

ヒロが 心配そうに 目を覚ました私の顔を覗き込んできたんで

何ともバツが悪く ・・・ 思わず タオルケットを頭からひっかぶって

しまったんだ

そりゃそうだ~  ヒロとユキエさんとの関係を探ろうとしていたのに

私のほうから わざわざ自分も彼女が好きなことをバラしちゃった

んだからなあ~~

ミイラ取りがミイラになる ・・・ って こんな時に言うのかな(笑)

「 カメちゃん ・・・ そのままでいいから 僕の話 聞いてくれる?」

しばらくするとヒロは ポツリ ポツリと ユキエさんのことを話し始めた

          銀天街物語  

 

彼女が初めて この店に来た時 ・・・ 三人連れの女の子たちの

最後に店の中に入ってきた小柄で可愛いいユキエさんを見た瞬間

ヒロは こんな人と一緒に ず~っと この店をやっていけたらいいな

って 思ったそうなんだ

「 一目惚れってヤツだな 」って 私が言ったら 

「 いや、そんな軽い言葉じゃなくって あれこそ運命的な出会い

としかいえないよ! 」 だってさあ~(笑)

結婚記念日の食事を 二人だけでゆっくりと楽しんでもらおうと

一組の中年夫婦のために 店の入り口に下げていた《本日貸切》

札を 彼らが店を出た後も そのまま取り込まずにいたんだそうな

誰にも邪魔されずに ユキエさんたちの相手をするためにね(笑)    

でも 彼女が春から就職のために東京へ行くということを知って

ユキエさんのことは 諦めるしかないって ・・・

ところが 彼女のほうは ヒロを選んだ!

内心は 飛び上がるほど嬉しかったくせに 冷静に 自分と彼女とを

比べたら あまりにも格差がありすぎると 思ってしまったようで・・・

「 カメちゃんは いいな~  僕に無いものを ぜ~んぶ持ってるもの

学歴だって 家族だって ・・・ 」 ある時ヒロが 冗談交じりにそう言った

ことがあったっけ ・・・ 学歴!?  家族!?

天草工業高校の電気科を卒業後 もう少し専門的な勉強がしたくて

二年間 電気関係の専門学校には通ったけれど 大卒ってわけでも

ないし 家族にいたっては 頑固な父親と 口うるさい母親と 自分に

都合が悪く なった時だけ ボケたフリする祖母の あまり人様に

羨ましがられるとは思えない家族構成だったんだけど ・・・

そうか ・・・ ヒロの立場からみれば 私は 恵まれすぎているのかも

幼い頃に 両親と死別し 親戚の家を転々として 中学を卒業すると

すぐに 銀座の洋食屋に住み込みで入って 明けても暮れても

料理の修業・・・ 中学の頃は 一時期 悪い仲間とつるんで

いっぱしの不良気取りでいたという過去の話も 私は ヒロから

打ち明けられていたので もし 結婚を前提として ユキエさんと

付き合うのなら 高いハードルが幾つもあるな~ と、親友の私も

思わないわけじゃなかったけど・・・ でもやっぱり そんなこと

関係ないさ! ヒロ!

「 生い立ちや 過去の過ちや 学歴なんぞに いつまでも

囚われるなよ! そんなことで 好きな女を諦めるのか!

オマエは 立派な男だよ!  このカメちゃんが 認めてやるよ!  

二十二才の若さで独立して 何の伝もないこの天草で

自分の店をオープンしてさあ~~

なんてったって 一国一城の主なんだから 今度は 敵陣に

乗り込んで 愛するお姫様を掻っ攫ってこいよ!」

私は タオルケットをはねのけて起き上がると ヒロの両肩を

わし掴みにして揺さぶりながら 顔を目イッパイ近づけて

大声で ヒロにそう言った!     

「 カメちゃん 痛いよ!  酒臭い~! 

カメちゃんたら 興奮すると なんでいつも 時代劇口調に

なるのかな~ 」 ヒロも 苦笑してたっけ~~(笑)

それから数日後 《キッチン HIRO》の扉の《臨時休業》の

貼り紙を見て 商店街の連中は ヒロが病気でもしてるんじゃ

ないかと いろいろ取り沙汰していたようだけど ・・・

ほんとうの理由を知っていたのは・・・ 私だけだった!       

前々から考えてはいたけれど ヒロの勇気ある行動に感化されて

私は その年 五年間勤めた商店街の電気店を辞めて ・・・

独立した!!!

 

*おことわり*

地元小説の性格上 実在の地名・学校名・施設名などが

登場しますが これは あくまでフィクション小説です