2012年3月25日

『銀天街物語』第十五話

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ユキエ☆運命の人☆

文と絵☆K(ケイ)

私の夫ヒロシは 東京生まれの東京育ち

私は 長崎で生まれ育ったんですが 実は ハタチの頃まで

天草には一度も来たことがなかったんですよ

なんだか距離的に近いこともあり いつでも遊びに行けるって

いう感覚だったのかもしれませんねえ(笑)

今から十九年前 長崎で有名な女子短大を卒業した私は

卒業記念の旅行に この天草を選びました ・・・ 四月から

東京の銀座にある百貨店に就職が決まっていて この時期を

逃したら 二度と天草に行くこともないかもって思ったんです

百貨店のような忙しい職場に勤めだしたら 長崎の実家にすら

そう度々 帰るわけにもいかなくなるだろうし ・・・      

短大の同級生の友人エミとケイコを誘って 初めて訪れた

天草の地・・・ 二人も天草は初めてだったんだけど すでに 

長崎市内に就職が決まっている二人にしてみれば 別に

卒業旅行に ワザワザ天草へ来なくても これから先いくらでも

天草を訪れるチャンスはあるんですけど・・・

だから 彼女たちの希望の旅行先は ほんとは京都や北海道

方面だったんですよねえ(笑)

慣れない初めての土地で ガイドブック片手に 地元の人たちに

いろいろと尋ねながらの旅だったけど いるかウォッチングや

西海岸の夕日や 新鮮な海の幸グルメなどを堪能して エミとケイコも 

天草の旅を 充分に満喫していた様子でした・・・ 二人とも天草の旅に

満足してくれて ホントに良かった~~   でないと 私から誘った天草

行きだったし 後々まで二人に 何て言われるかわからないもの (笑) 

なにしろ二泊三日の短い旅なので 時間は瞬く間に過ぎました 

本渡の町を発つ前日の夕刻になってやっと 家族へのお土産を

商店街近くのお土産屋さんで選んでいたんだけど あれこれと

迷っているうちに すっかり日も沈んでしまって・・・

「 夕食 この辺で食べようか! 」 エミの提案で 天草の旅の最後の

ディナーは 商店街の飲食店でということになったんです

ところが 商店街を歩いてみると まだ午後七時をちょっと過ぎた

なのに メインストリートのほとんどの店のシャッターが すでに

降りていたんですよねえ~

長崎市内の繁華街は この時間まだまだ賑わっているので

観光地のここ天草でも 同じだろうって ・・・  

私たちが ちょっと思い違いをしていたみたいで・・・

普段なら 十時頃まで開いているらしいお寿司屋さんも たまたま

その日は店休日で ・・・ そしたら グルメ通のエミが

「 案外 路地を入ったところに 夜遅くまで営業している美味しい

食べ物屋さんが あるのよね ~ 」

と言いながら 寿司屋の横の路地を どんどん進んで行くので

私たち二人も 彼女の後を追うしかなくて・・・

するとすぐに 路地の左側 店の入り口に赤提灯の下がった

小料理屋さんを発見!

「 ん~ いい匂い~  けっこう上等な鰹節で ダシとってるな~

今夜は冷えてるから 何か 温かいものでも 食べようよ!」

辺りに漂う おでんらしき美味しそうな匂いを 鼻をピクつかせて

嗅いでいたエミが 入り口の引き戸に手をかけたとたん

「 あ、ダメだ~ 」 落胆の声を上げたんです

入り口の張り紙には 「本日貸切」の文字が!

どうやら この日 高校の卒業式があったようで 先生や事務員さん

の団体で 店内は満員御礼の状況 ・・・

その小料理屋が キンさん夫婦が営む『青海』だったんだけど

その当時から 人気のお店だったんですねえ~~

「 もしかしたら私たち この商店街にボイコットさてるんじゃない?

お寿司屋さんは店休日だし ここのお店は 貸切だし~~

あ~あ   せっかくの旅の締めくくりが ツマンナ~イ!」

エミが ブツクサ言い出したので  

「 やっぱり ホテルに帰ってから 食べようか? 」

と、私が提案しようとした時 もう一人の友人ケイコが 路地の

向こう側を指差しながら言ったんです

「 ほら、あそこに かわいい店があるよ! 喫茶店かな~? 」

路地を隔てた斜向かいの店 それが 『キッチン HIRO』 でした!

外から店の様子を伺っている私たちの目の前で 突然 ペパーミント

グリーン色の扉が開いて 背の高い男の人が 中年のカップルの

足元を気遣いながら 「 どうもありがとうございました 」と、笑顔で

ふたりを送り出していたところだったんです

「 本当に美味しかったよ! 特に ビーフシチューは絶品だった!」

「 いろいろと心配りをしていただいて ありがとうございました 」

ふたりは それぞれに彼に感謝の意を表して お店を後に・・・

「 お食事ですか?」 路地の薄暗がりの中に佇んでいる私たち若い

女性三人に気づいて そう声をかけてきた その背の高い人は・・・

白い厚手の木綿の長袖シャツに 紺色のジーパン ・・・ 少し長めの

髪の毛を 藍染のバンダナでまとめて 帆布製のエプロンを着けた

長身の若者  シモガワラ ヒロシ ・・・

それが 彼との最初の出会いでした・・・

「 シェフはハンサム! 料理も評判良し! 

これは お店に入るっきゃないでしょ~~!」

さきほどまでブツクサ言っていたエミも すっかりご機嫌になって(笑)

「 わたしは その絶品のビーフシチューを いただこうかなあ~ 」

そう言いながら ケイコも 私の腕をひっぱって 店の中に・・・

三つのテーブル席とカウンターだけの こじんまりした店内は

アットホーム雰囲気で いちばん奥のテーブル席に案内された

私たち三人は まるで友人の家にでも遊びに来たような感覚がして

最初から くつろいだ気分になっていたっけ  

「 さっきのお客さん  こちらで結婚記念日の食事をされたんですか?」

真ん中のテーブル席の食器を手早く片付けていた彼は 私の質問に

ちょっと驚いた様子で 私のほうを見て・・・ 

「 そうだけど・・・ 何でわかったの?」 って ・・・

「 おふたりが私たちとすれ違う時 来年の記念日にも 必ずここを

予約しましょうねって 奥さんが旦那様に そっと話かけていたのが

聞こえちゃって・・・ それに 奥さんのほうは セロファンとリボンで

ラッピングされた薔薇を一本 手に持っていらしたし・・・ 」

「 なるほどねえ~~  それでか~~ 

アレ 僕からのお祝いの気持ちだったんだけど も少し気の利いた

ものを用意すればよかったかな~って 」

「 そんなことないですよお~   あ~あ、私も 結婚記念日に

お店の人から 薔薇の花を一本だけ もらいたくなっちゃった~! 

もう就職なんかしないで いっそこの春 結婚式でもあげちゃおうかな 」

ケイコの話に皆で大笑いして 和やかな雰囲気の中で 楽しい時が

流れ 料理のほうも とっても美味しくて・・・ そしたら食後のコーヒーを

飲んでいる時 エミが ちょっとお話しませんかって 彼を 私たちの

オシャベリの輪に誘ったんです

銀天街物語  

彼も気軽に 自分用のカップにコーヒーを注いで 四人掛けの

空いている席に腰掛けて・・・ 私の左隣の席だったのよ

なんだか意外な展開に ちょっとドキッとしちゃった~(笑)

一人で手際よく料理を作って運ぶ彼を チラチラと盗み見
みたいにしている自分のことを 彼に気づかれはしないかと
思うんだけど でもどうしても 彼の姿を目で追ってしまう私・・・

その彼が 私のすぐ隣に座っている・・・!

彼が頭に被っていたバンダナをはずすと 綺麗な栗色をした

ストレートヘアが ハラリと彼の頬を覆ったのを たぶん私

マジマジと見てたんでしょうねえ~~ 

「 ・・ん?」 それに気づいたのか バンダナを無造作にたたんで

テーブルの隅に置いた彼は 小首をかしげて 私に 何か?って

表情をしたの・・・

「 あ、いえ・・・ 真っ直ぐで綺麗な髪の毛だなって思って・・・ 」

「 そう? でも この髪の色は 自分でも嫌いなんだよね~~

生まれつき こんな栗色しているもんだから 中学生の頃 先生に

中学生のクセに 髪の毛なんて染めたらダメだぞ!・・・って

叱られたりしてね・・・ 」

「 あら! 髪の毛のことでは 彼女もけっこう悩みがあるんですよ

ねっ! ユキエ 」 ケイコがそんなこと言うので 私が小さい頃から

コンプレックスを抱いている髪の毛を 彼に間近で 見つめられる

ことに・・・ ほんと ケイコったら 余計なこと言うんだから~~ 

「 え? 綺麗な黒い髪なのにね・・・ 」

ほらね!そうとしか 褒めようがないじゃないの~

それ以前にもっと目立っているクルクルの天然パーマのことは

わざと避けてるでしょう~~(笑) 

「 私も生まれつきのこの天然パーマは 悩みの種!
だから 男の人でも女の人でも 綺麗なストレートの髪の毛を
した人が羨ましくて つい見とれちゃうんですよね 」

「 そのショートの髪型 ハツラツとした感じで 君によく似合って

いると思うけどな~   毛先がカールして とってもキュートだよ 」

え! ほんと!?  ほんとに真に受けていいのかなあ~~

「 よく似合ってるって~~!」

「 キュートだって~~!」 

ケイコとエミが茶化すから 彼も思わず笑っていたっけ・・・

エミは 当然 グルメの話題が中心で ケイコは 彼に どんな女性が

好みなのかを シツコク訊ねていましたねえ(笑) 

四月から銀座のデパートに務めることになっていた私は この店を

開くまでは 銀座の洋食屋で修行していたという彼に 銀座周辺の

お店の情報を尋ねていると 彼は 銀座で勤めだしたら お昼休み

自分が修行していた店のランチをぜひ食べてみて欲しいって

メモ紙に お店の地図と電話番号を書いて 渡してくれたんです

でもそのメモ紙を眺めていると ふと急に 妙な考えが頭に浮かんで
・・・ そこに行っても 彼の姿は見れないんだ・・・って!
え!?   この感情は 何なの? 

まさか 会ったばかりの人を ・・・ 好きになった~?

彼の話題が豊富なこともあって 私たち三人 すごく長居しちゃって

気づけば 店の閉店時間も とうに過ぎていて ・・・ 私たちも 明日の

朝は 早く出発しなくちゃいけないのに ・・・

「 また いつでもいらしてください ・・・ 待ってますからね 」

社交辞令に過ぎないかもしれない彼の言葉に送り出されて

私たち三人 その店を後にしました

長崎の我が家に到着するまで 私の頭の中は いろいろな想いが

駆け巡って・・・ 急にダンマリになった私を エミとケイコも 心配して

くれたんだけど ・・・ ふたりに この気持ち 何て説明していいのか

わからなかった ・・・ 自分自身 まったく 何考えてるんだろう・・・

でも 長崎の我が家の玄関に入ったとたんに 正直な気持ちが

口を衝いて出てしまったんです!

「 ただいま~!  お父さん お母さん ごめんなさい!

私、東京には 行かない!」

*おことわり*

地元小説の性格上 実在の地名・学校名・施設名などが

登場しますが これは あくまでフィクション小説です