2012年1月15日

『銀天街物語』第六話

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         思い出

文と絵 ☆K(ケイ) 

「 ひとさまの携帯なんか さわったらダメよ!

さっさと制服を着替えて こっちを手伝ってちょうだい!」

ユウコが若者の携帯電話のストラップをいじっているのを見て

ユキエは 娘をたしなめた  

「 お母さん ホラ、このイルカのストラップ 覚えてない?」

一本のストラップの先端で 仲良くいっしょに揺れている二個の

青いアクリル製のイルカ・・・彼女は そのイルカの形と色に 

見覚えがあった・・・

「 あの時 夜市で買ったイルカと そっくりなんだけどな~

小さい頃 パパに連れて行ってもらった《銀天街の夜市》・・・」

「 夜市ねえ~ あの頃夏になったら 土曜日毎に 商店街の

夜市に行ってたわよね~  あなたたち二人で・・・ 

私ひとりに 店をまかせっぱなしにして・・・ユウコが夜市を

楽しみにしてるから ちょっと出かけてくるなんて言い訳してた

けど ほんとはヒロシのほうが楽しんでたのよね

ユウコのことそっちのけで 射的や金魚すくいに夢中になって

たって カメガワくんが よく報告してくれたもの ・・・ 」

「 だから~ パパ  お母さんに いつもお土産を買ってきたでしょ!

自分だけ楽しんじゃって 悪いと思ってたのよね・・・きっと 」

「 はいはい いろいろいただきましたよ イカの姿焼きとか

ポップコーンとか・・・射的の景品のおもちゃの指輪もあったっけ

本物の結婚指輪を売ってる屋台は なかったみたいだけどね

・・・あ、ユウコに皮肉言っても なんにもならないか~ 」

「 指輪は パパのかわりに 私がそのうちプレゼントしてあげる!

それより このイルカのストラップのこと 覚えていない?

たしか あの時 パパと相談しながら 家族みんなのぶんを

買ったんだっけ・・・ そうそう これと同じ青いイルカがパパ用で

水色のがお母さん でもって 私は ピンク色のを選んだのよね

 あ~あれ どうしちゃったかな~・・・ 」

「 それって どこにでもあるようなストラップよねえ・・・

私は あんまり記憶にないなあ~~

それより ずいぶんと昔のことなのに よく覚えてるわよねえ~

あんた まだ あの時 ちっちゃかったのに・・・ 」

「 ちゃんと覚えてるわよ!  だって・・・ だって それが・・・

パパと行った最後の夜市だったもの・・・ 」

「 ・・・ ホラホラ、パパのこと思い出して 感傷的になってる暇

なんてないわよ! おもての札をOPENにしてきてちょうだい 」

ユウコは 父親の話をするたび いつも せつない気分になる

そんな彼女の気持ちを ユキエも 充分解ってはいるのだが・・・

「 おもい~では~  い~っつもきれいだけど~ それだけじゃ

おなかがすくの~♪  な~~んてね!」

「 やだ! お母さん オンチ~! お店に入ろうとしたお客さんも

帰っちゃうわよ~ 」  

ユウコは 母親の明るさに いつも救われるのであった・・・

 

その夜 キッチンHIROは いつもより多くの客で賑わった

 じっくりと煮込んだこの店自慢の《天草大王カレー》も 銅鍋の底に

残りわずかになっていた 

暑い日ほど カレーライスの注文が 多くなるのである

ユウコも かいがいしく 料理をはこんだり コップの水をついだりして

カウンター席と 三つのテーブル席の間を 何回も往復した

営業中はユウコたちも フルカワ老人とあの若者のことを考える

余裕がなかったが 午後十時 店を閉める頃になると さすがに

二人のことが気になりだした・・・    

ユキエは 電話帳をパラパラと めくりはじめた

「 フルカワさんのこと よく知らないのよね~ ほら いつも黙って食事

する人だから・・・でも昔 ユウコの高校で 数学の先生をしてたって

誰かから聞いたことがあるのよ  なんか・・・そんなタイプの人よね

あ~  けっこう フルカワ姓って 多いのねえ~~ 」

ユキエが電話帳を調べているのを見ながら ユウコには フルカワ

老人の容態と もうひとつ気掛かりなことがあった

( お母さん あの人 うちに泊めるなんて 言わないでよ・・・ ) 

もう何時間も前に 熊本行きの最終バスは 出てしまったのだ

 彼は どうやって一晩を過ごすのだろうか・・・

その時 店の電話が鳴った!

「 はい、キッチン・・・ あ、フルカワさん! おかげんは・・・ まあまあ

それをお聞きして安心しました・・・えっ!? そちらにですかあ~?

あの~  ご迷惑じゃ・・・いえ、べつに こちらとしては・・・ あ、でも~ 

ウチに彼のバッグが 置いてあるんですけど・・・はあ、べつにたいした

ものは入ってないと・・・コウジさんが そう言ってるんですか・・・ 」

ユウコは流し台で食器を洗っている手を止めて 母親の電話の

内容に じっと 聞き耳を立てていた

「 ・・・では失礼いたします・・・お大事に・・・ 」

ユキエは 受話器を置くと 軽くため息をついた  

「 コウジさんね フルカワさんとこに 泊まるって・・・ 」  

「 え~! 今日 初めて会った人のところに 泊まっちゃうの~!

なんか 彼 ちょっと 図々しくな~い? 」

「 これから旅館を探すのもたいへんだろうから ここに泊まりなさい

って フルカワさんが 勧めたんだって・・・ 」

( 旅館に泊まるお金なんて・・・もともと無いわよね・・・ )

ユウコは今朝 祇園橋のたもとで若者と交わした話の内容を

思い出していた 

老人の一人暮らしだから 男同士で 彼も気兼ねが要らない

だろうって・・・ ということは フルカワさん 奥さんがいらっしゃら

ないのかしら・・・?

でも 今の電話の声 なんか すっごく 明るかったのよね~ 

コウジさんとふたりで 夕食に 簡単な料理を作ったんだって

自分の家に ひとを泊めることを 楽しんでる話しぶりだった・・・

もう 十年以上も うちの常連客なのに フルカワさんが どんな

暮らししているのか ぜんぜん知らなかったのよね・・・」

「 お母さんは お客さんのこと あれこれ詮索しないとこが

いいんだからさあ~~   それより 彼・・・ コウジさん  どうして

うちの店に来たのかな?

ほら、この路地って あんまり 観光客が来ないとこでしょ~ 」

ユウコは 気になっていたことを 母親に尋ねた 

「 たまたま通りかかったとしても 店のドアには 準備中の札が

下がっていたわけでしょ?  それを無視して 店の中に入って

きたの?  時間外なのに 何でまた お母さんも オムライスなんか

作ってあげたのよ~~ 」

「 ああ、そのこと・・・だって私が 彼を店に連れて来たんだもん 」

母親の意外な言葉に ユウコは 自分の耳を疑った

「 お母さんってば いつの間に 彼と知り合ったのよ~!」

「 ランチタイムが終わったんで 店を閉めて ちょっとスーパーに

買出しに行ったのよね  そしたらなんと 玉葱とジャガイモと人参が

超特価だったのよ! 大きなビニール袋に詰め放題で 一袋二百円

こりゃ買うっきゃないでしょ!  で、上手に詰めたから すごい量に

なっちゃって それが重たいのなんのって・・・

スーパーの買い物袋のとってが 指にくいこむし・・・

そしたら 急に スッと 買い物袋が軽くなって・・・

ちょうど私の後ろを歩いていたコウジさんが 持ってくれたのよね  

家までお持ちしますよって 言ってくれて・・・私が しんどそうに

商店街の通りを歩いているのを見かねて 手助けしてくれたのよ 

優しい青年よね   だから お礼にオムライスをご馳走したってわけ!」

母親の話に 不自然さは感じられなかったが それでも ユウコは

何か心に引っかかるものがあった 

偶然が重なった今日一日の出来事・・・

若者は 今朝 祇園橋で ユウコと出会い 午後には ユウコの母親の

手助けをして その後 フルカワ老人を 転倒の危機から救った

そして今 彼は 知り合ったばかりの その老人の家にいる!

母親もフルカワも あの若者に気を許しすぎではないかと

ユウコは思う・・・ しかし その彼女自身も 学校に遅刻しそうに

なりながら つい 彼と話しこんでしまったのだった・・・

もしも彼が 詐欺師や泥棒で 人の心にフッと入り込む天性の

能力の持ち主だとしたら・・・ユウコは 我ながら ずいぶんと

非現実的な考えだと思いながらも 母親とフルカワ老人に 危害を

及ぼすような人物ならば ぜったい自分が 二人を守るために

立ち向かってやると 妙な覚悟を決めたのだった 

しかし コウジと名乗る若者の真の正体は ユウコのそんな想像を

はるかに超えるものであることを 今の彼女は・・・

知るすべもなかった・・・・・ 

*おことわり*

地元小説の性格上 実在の地名・学校名・施設名などが

登場しますが これは あくまでフィクション小説です