2012年1月8日

『銀天街物語』第五話

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       アクシデント

文と絵 ☆K(ケイ) 

その瞬間 若者の身のこなしは 俊敏だった! 

椅子から バッと立ち上がり 呆然と立ち尽くしているだけの

親子の間をすり抜け 前方に倒れこんできたフルカワ老人

上半身を両手でささえようとしたのだが バランスを崩し

老人抱いたままの姿勢で 若後頭部からあおむけに

床に倒れてしまった・・・!

「 大丈夫ですかっ!」 ユウコは 重なり合って倒れている二人の

もとに急いで駆け寄った!  あおむけに床に倒れている若者の

胸の上に 頭をもたれかけて フルカワは グッタリと横たわっていた

「 きゅ・・・救急車呼ばなきゃ!」携帯電話を握りしめ ユキエが

店の外へ出ようとした時 フルカワが 我に返ったように声を上げた

その声は 意外にも はっきりとした力強いものであった  

「 大丈夫! 大丈夫だから・・・ 」 彼は自らの力で ゆっくりと身を

起こした  ユウコは 老人に肩を貸して いちばん近くにあった

椅子に 彼を座らせた

「 ちょっと足元がフラついただけだから・・・驚かしてスマンね~

それより 私を庇うようにして倒れたせいで その人 今 頭を打った

んじゃないかな? 」

銀天街物語 第五話    

 「 ん~と・・・ べつにタンコブもできてないようだし・・・

コウジさん 頭 痛い? 気分 悪い? 」

ユウコが 若者のほうを振り返ると 母のユキエがそう言いながら 

床の上に上半身を起こして座っている彼の後頭部を 手のひらで

なでていた「 へえ~ きれいな髪ね~ こんなにサラサラして・・・ 」

( もうっ! お母さんたら! こんな状況で 何 呑気なことを・・・ )

ユウコは 母親の言動に 内心呆れていた・・・

 「 いえ ぜんぜん痛くないです!  」若者は ユキエに頭をなでられる

のが照れくさいのか スッと立ち上がって 彼女の傍を離れ フルカワ

のもとへ歩み寄った   ユウコは フルカワの手を握り 心配そうに

彼の表情を うかがっていた 

「 やっぱり お医者さんに診てもらったほうが いいかもしれない

ユキエも 紅潮したフルカワの顔を見て 不安を覚えた   

「 タクシーを店の前までよびますね、私かユウコが 病院まで

付き添いますから 」 彼女は ふたたび携帯電話を手にとった 

フルカワは 月に数度 キッチンHIROに ランチを食べに来る

常連客である   年齢は 七十をいくつか超えたところであろう

いつも 独りでフラリと来店し たいていは本日のおすすめランチを

注文して ゆっくりと時間をかけて食べる    勘定を済ませる際に 

一言「 どうも ごちそうさま 」 とユキエに声をかけ 店を後にする  

 その間 ほとんど 会話がないのである

 常連客のひとりである電気屋のカメガワが いろいろと世間話を

しながら ほんの十分ほどでせわしなく食事を済ませていくのとは

好対照のタイプの客である 

「 奥さん ほんとに もう大丈夫ですから・・・ 二、三用件があって

昼から街中を歩き回っていたら 暑さのせいか気分が悪くなりまして

お店は休み時間だとわかってたんですが 冷たい水を一杯もらおうと

思って ここに立ち寄ったんです そしたら 入り口でちょっとフラついて

しまって・・・  みなさんに 心配かけてしまいました・・・ 申し訳ない 」

フルカワが こんなに多く話すことは たぶんこれがはじめてでは・・・

 と、ユキエは 内心思った  自分の身体を気遣っている三人に

取り囲まれて この寡黙な老人は 彼なりに感謝の気持ちを表そう

としているのであろう

「 たぶん、熱射病みたいなもんじゃないかな~  帽子もかぶらずに

この暑い中 何時間も 街を歩いてらしたんでしょう? 」

フルカワの様子を じっと観察していた若者が 口を開いた

「 水分を摂って しばらく安静にしたほうがいいですよ  ・・・

あ、水より 吸収されやすいスポーツドリンクのほうがいいけど 」

彼のいうとおりに ユウコたちは 老人の衣服をゆるめ 身体から

抜けた水分と塩分を補充するために スポーツドリンクを ゆっくりと

飲ませた・・・ 半時間も経つと フルカワの症状は ほとんど回復

していた  ユキエは もうしばらく休むように勧めたが 彼はどうしても

今すぐ帰宅するという   おそらく キッチンHIROの夜の開店時刻が

近づいており 自分のせいで 店の営業に支障をきたすことを 気に

している様子である

ユキエにしてみれば こんな日は 夜の部を臨時休業しても 全く

かまわないのだが どうも この老人は 一途な性格の持ち主の

ようで 言い出したらきかないタイプだろうなと 彼女には想像できた

「 では、娘を お宅まで付き添わせますから  」 ユキエは 電話で 

タクシーを手配しながら ユウコに目くばせした  

フルカワは それについては辞退しなかった 

やはり ひとりで帰宅することに 心細い思いがしたのであろう

「 僕が行きます! フルカワさんを 家まで送ってきます 」

そのとき 若者が 突然 意外な申し出をした

「 もうすぐ 夜の開店時間でしょう?

ユウコさんは お母さんの手伝いをしてあげて・・・

自分の名前を さんづけで呼ばれて ユウコは ちょっと違和感を

覚えた  十七歳という年齢よりも幼く見えるせいか いまだに

周りの人たちから ユウコちゃんと呼ばれている彼女にとって

この若者から 一人前の女性と して扱われているような

そんな気分に一瞬なったのだった

 「 ・・・じゃあ コウジさんに お願いしちゃおうかな~ 」

 ユキエは 急いでレジから千円札を数枚取り出すと 若者の

ジーパンの後ポケットに 押し込んだ  彼が躊躇すると ユキエが

彼の耳元で囁いた

「 フルカワさんを ちゃんと送りとどけてね・・・少し様子をみて

あげて大丈夫そうなら コウジさん タクシーで帰ってきてね 」

そうしているうちに 店の前に タクシーが停車した 

長身の若者は 腰をかがめてフルカワに寄り添い タクシーに

乗り込んだ   老人は 車の窓から 何度も何度も 見送っている

ユキエ母子に向かって 頭を下げた     

狭い路地を ゆっくりと タクシーが走り去っていった・・・                                                                           

「 さてと、急いで 準備しなくちゃね! あっ、そこのコウジさんの

バッグを預かっておかないと・・・ ユウコ 奥のほうに 持っていって

ちょうだい 」  若者が座っていた椅子の背もたれに 使いこんだ

帆布製のショルダーバッグが掛けられていた  ユウコは それを

手にとりながら 母親に尋ねた

「 お母さん あの人と 今日 知り合ったばかりなのに ずいぶんと

親しそうじゃない?  なんか すご~く信用してるって感じだよ! 」

「 ・・・え?  あっ コウジさんのこと~? 彼って すごく いい人よ

ホラ、とっても優しい目 してたでしょ~~   好青年だよね! 」

「 あのね、人を外見だけで判断しちゃ ダメだからね! 」

「 コウジさんね 熊本市内の大学に通ってるんだって~ 」

母親は サラダ用の野菜を洗いながら ユウコに説明した

「 ほんとに 大学生なの~? 最近は いろいろと物騒なんだから

気をつけないとね    なにせ女二人だけで暮らしてるんだから 」

「 ユウコ あんた いつからそんなに人を疑う子になっちゃったの

もっと素直になんないと 男の子にモテないぞ~なんてね! 」

( ん~もう お母さんってば みょうに はしゃいでるな~ 

そんなことより 熊本行きの最終バスの時間まで あと二時間

足らずなんだけどな~  間に合わなかったら また野宿でもする

つもりかな?  まさか お母さん ウチに泊まりなさいなんてこと

言わないよね~  ・・・いや!充分にありえるか~~ )

ユウコは 手に持った彼のバッグの外ポケットに入っている

携帯電話ふと目を留めた  電話機本体ではなく その付属品に

・・・ ストラップの先端で プラプラ揺れているソレを 彼女は

ずっと以前に 何処かで見たような気がした 

それは・・・ 天草の青い海の底に沈んでいる白い貝殻のような

ユウコの幼い頃の記憶・・・ずっと海底で眠り続けるはずだった

のに 今年の夏の突然の嵐に 砂浜に打ち上げられてしまった

小さな白い記憶の貝殻・・・

「 お母さん! ちょっと これ 見て! 」 ユウコは 思い出した!

*おことわり*

地元小説の性格上 実在の地名・学校名・施設名などが

登場しますが これは あくまでフィクション小説です