2011年12月4日

『銀天街物語』第一話

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          出会い 

文と絵 ☆K(ケイ) 

学校と家とが近いと つい気がゆるんでしまうものである

目覚まし時計は正確に鳴っていたはずなのに 夢見心地で

うっかりベルの停止ボタンを押してしまっていたらしい

ユウコが目を覚ましたのは 朝のホームルームが始まる

三十分前だった

こういう場合は たいてい 朝食のしたくをしている母親が気を

利かせて 娘を起こすものであるが ユウコの母親のユキエも

その時まだ となりの部屋で布団の中にいた

韓国ドラマ見たさに 二ヶ月ほど前 天草ケーブルテレビに加入

して以来 毎晩遅くまでのテレビ観賞が ユキエの最近の日課に

なっているのだ

とにかく ユウコは 二十分後には家を出ないと 学校に遅刻して

しまう 簡単な朝食をとるか 身支度をきちんとするか 答えは

当然決まっている

十七才の彼女は おしゃれにもっとも関心のあるお年頃である

歯磨き・洗顔をして耳の横の毛の寝グセをドライヤーでなおし

夏の制服を着た姿を 全身が映る鏡でチェックする

それでほぼ十五分費やした
鏡を覗き込みながら 急いでUVカットのリップクリームを塗って

いると 背後で 母親の声がした

ユウコがドタバタしている気配で やっとユキエも目が覚めたらしい

「ユウコ ごめんねエ~ 寝る前に目覚まし時計をセットするの

忘れちゃったみたいで・・・・エヘツ!」 似たもの親子である!!!

「朝ゴハン抜きで 大丈夫~?」

「おなかすいたら 学校の売店で パンでも買うから平気!

それより お母さんこそ ランチタイムには ちゃんと

お店オープンしないとダメだよ

こないだみたいに お客さんに迷惑かけないでね 」

「何度も言わなくたって わかってるってば~!

今日は水曜日で 魚市場がお休みだから メインはお肉にしよう

と思うの 薄切り肉を三枚ぐらいかさねて ミルフィーユ風カツレツ!

それから~ つけあわせはプチトマトを 玉葱ドレッシングで ・・・

・・・ @@@ ・・・ 」

「 じゃ! いってきま~すっ!」


母親が何かぐたぐた言っているのを背後に聞きながら ユウコは

急いで家を出た ユウコの家は 商店街の中にある

商店街の名称は 銀天街( ギンテンガイ )

メインロードから脇に入った路地で 母親が小さな洋食屋を

営んでいて 店の二階が 彼女と母親のささやかな住まいに

なっている
数十歩 路地を歩き 寿司屋と薬局の間から メインロードに出る

この時間帯は まだほとんどの店のシャッターが下りている

メインロードを横切って再び路地を進むと すぐに車が行き交う

道路に出る 信号機がないので ちょっとした朝のラッシュ時の

車の列に気をつけながら横断して 川沿いの道を進む

時計店を通り過ぎると 右前方に 川に架かった石橋が見えてくる

橋の名称は 祇園橋( ギオンバシ )
その橋の傍にある石碑に向かって ユウコは 毎朝 心の中で

つぶやく・・・ ( お・は・よ・う! いってきます! )

小さな女の子が お気に入りのヌイグルミ相手に おやすみの挨拶

をする就寝儀式のように 彼女にとってもそれは毎朝のたいせつな

登校儀式であった 時間に余裕のない今朝もまた石碑に向かうと

ユウコの目線の先 石橋の上の中央あたりに ひとりの若者が

佇んで 川面を眺めていた

白いTシャツに 洗いざらしのジーンズ 肩から小さめのショルダー

バッグをさげている

( まだ朝はやいのに 観光客かな~・・・ )

観光客にしては 七月中旬とはいえ かなりの軽装である

祇園橋は ユウコが生まれ育った天草市の観光スポットの

ひとつである ユウコも下校時に 西日を背中に浴びながら

祇園橋を通りかかると 橋を見物していた観光客から 道を

尋ねられることがよくある

「 お嬢ちゃん ここら辺に おいしい食べ物屋ないかな 」

「 あります! 知ってます!天草一おいしいとこ! この道を

ず~っと一直線に行けば すぐです!」

すかさず ユウコが カバンの中から 店までの手描きの地図を

取り出し せいいっぱいの笑顔をおまけにつけて手渡すと

あまりの手際のよさに 相手は少々戸惑うけれども

「・・・んっと じゃ そこ行ってみようかな・・・」

「 だね! 地元の人のお勧めなんだから きっと 旨い店だよな 」

ということに 大抵なってしまう

地図を片手に店に向かう観光客の後姿を見送りながら

彼女は おもむろに ケータイで母親に連絡する

「 お母さん! もうすぐ お客さんがふたり 来るからね!」

しかし 今 石橋の上に佇んでいる若者は これまで彼女が

出会ってきた観光客や 仕事で天草に出張して来た人々とは

何か異なった雰囲気を漂わせていた

( まさか・・・橋から飛び降りるってこと・・・ないよね )

ユウコがそう思ったのは その若者に何か言葉で説明できない

はかなさのようなものを感じたからである
若者は 川の下流に向かって佇んでいる その川の流れは

数百メートル先の海へと続いている

過去から未来に向かう時の流れ その流れに架かる石橋が

現在(いま)の象徴だとすれば 若者はそこに立ちつくし 自分の

将来に不安を抱いているようにも見える

そんなふうに想像してしまうのは 彼女自身が まさに その心境に

あるからだ 高校二年の夏なのに まだ 自分の進路を決めかね

ている 担任の教師からも そろそろ志望する大学を決めるよう

にと いわれているのだが・・・
担任の顔を思い浮かべたとたん ユウコは 現実に引き戻された

( こんなことで道草くってたら 確実に遅刻だ! )

ユウコは小走りになって 石橋の脇を通り過ぎながら なんとなく

橋の上の若者を 振り返って見た するとその時 彼は川面に

向かって 奇妙な行動をとりはじめたのであった

( なっ・・・何てこと・・・! ) ユウコの足が・・・止まった・・・

*おことわり*

地元小説の性格上 実在の地名・学校名・施設名などが

登場しますが これは あくまでフィクション小説です