2011年12月11日

『銀天街物語』第ニ話

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           疑惑

文と絵 ☆K(ケイ) 

朝の光の中で 白い紙ふぶきのようなものが 川風に乗って

宙に舞った

それは しばらく ハラハラと空中を浮遊して 緑がかった川面に

ふわりと浮かび 海の方へと ゆっくり流れていった

石橋の上にたたずんでいた若者は 片方の手のひらの上にのせた

白くてこんもりとした塊を 指先で少しちぎっては 川面に落としていた

「 ちょっと!すいません! この橋って国の重要文化財なんですよね

だからそんなところから紙くずを捨てないでください  橋を汚さないで 」

ユウコの目には ちょうど彼が くしゃくしゃに丸めた紙を ちょっとずつ

ちぎっては 橋の上からパラパラと撒き散らしているように映っていた

彼女のいうとおり この祇園橋 国の重要文化財に指定されている

今から百八十年ほど前に架設されたものであるが 現在でも

ほとんど当時のままの姿で 保存されている

四十五脚の角柱によって支えられているこのアーチ型の石橋は

全国にも珍しい造りである

 しかし橋のすぐ横を毎日通っているユウコは 普段そういったことを

意識することが ほとんどなかった

ところが今 自分が生まれ育った町の誇れる観光スポットで マナー

違反をしている見ず知らずの人間に 思わず説教めいたことを

言ってしまった自分の大胆な行動に ユウコ自身ちょっと驚いていた

彼女のとがめる声に 相手も少し戸惑った様子であったが すぐに前 

かがみになると 足元に敷きつめられた長石の表面にこぼれていた

数片の白いものを指先でつまみあげて 蒼いジーパンの後ポケットに

つっ込んだ

アーチ状の橋の中間地点にいた彼が ゆるやかな勾配を下りながら

彼女の方へと近づいてきた

( やだ!  余計なこと言っちゃったかな~ ) ユウコは 少し後悔した

ユウコの間近まで歩み寄ると 彼は左手を彼女の目の前に差し出した

 

彼の手のひらにのせられていたもの それは満開の白菊の花首だった

彼は花びらを数枚ずつ指でつまみとっては橋の上から撒いていたのだ

「 ・・・え?・・・あっ! 紙くずじゃなかったんだ・・・ ごめんなさい!

わたし 勘違いしちゃって・・・ 」

「 いや、僕のほうも誤解されるようなことしてたから・・・」

若者は すっかり恐縮している彼女に 気遣ってくれているようだった

「 さっき バスセンターに着いて ブラブラ歩いてここまで来たんだ

途中 商店街を通っていると 開店前の花屋さんが 開きすぎて売り物

にならないからって 菊の花を整理してたから  この白いのを一輪 

もらったんだ  ほら・・・まだ充分きれいだし・・・ 」   

( ふ~ん・・・そういうことか・・・でも どうして花びらなんかちぎって・・・

ってことは・・・ え~っ まさか いまどき 恋占い~? )

ユウコのけげんな顔に 気づいたのかどうか 彼は話をつづけた

「 この付近は 昔 天草の乱で激戦地になった場所だよね

天草四郎の率いるキリシタン一揆勢と 幕府軍が激突して かなりの

戦死者がでたって 本で読んだことがあるけど・・・人々の流した血で

この川の水が真っ赤に染まったって・・・ 」

若者は ちょっとしんみりとした口調になっていた

「 花屋さんの白い菊の花を見たとき ふと 思いついたんだけど

大勢の戦死者に 供養の花束でも たむけたいなって・・・

でも 僕 今 旅行中で 手持ちのお金が ちょっと心もとないんで

花屋さんから この処分品をもらってきたってわけ・・・ 」

初対面の人間に 自分のふところ具合まで 正直に打ち明ける彼に

ユウコは なんとなく 好感を持った

「 あ、でも 花はただでもらったものだけど 戦死者の魂が安らぐように

心を込めて祈ってたんだよ      旅に出ると なんだかちょっと  こんな 

感傷的なことをしてみたくなる時があるんだ・・・ま、どっちかというと

女の子のほうが こういう気持ち わかると思うけど・・・」

「 ええ、でも、私 あまり旅行したことないから・・・あの~~・・・

バスでここまで来られたんですよね  どこから乗ってきたんですか? 」    

熊本市の中心の熊本交通センターから 天草行きの始発のバスに

乗ったんだけど けっこう乗車時間長かったなぁ~~  」

( ・・・え?    交通センターから・・・乗った? )

「 でも途中 バスの窓から 青い海や天草五橋を眺めていたら

ぜんぜん退屈はしなかったけどね・・・ 」

若者は さらに話を続けたが ユウコは 熊本交通センターから

天草行きの始発バスに乗ったという彼の言葉が 頭から離れずにいた 

( なんで・・・この人・・・嘘ついてるの? )

彼の話に矛盾があるのは 彼女でなくとも 地元の人間なら すぐに

気づくことかもしれない

ついさっきまで この若者に好感をもっていたユウコの気持ちは

一変して  これまでの彼の話も はたして本当のことなのかという

疑惑が 彼女の心の中に生まれた 

「 シモガワラ!」その時突然 強い力で 彼女は背中を押された!

*おことわり*

地元小説の性格上 実在の地名・学校名・施設名などが

登場しますが これは あくまでフィクション小説です