「 どうしたんですか ~ おばさん こんなにたくさんの
イチジク~! あ、ユウコ 悪い! 冷たい麦茶 もらえる?
踊りの練習 長引いて やっと終わったとこなの ~
もう のど カラッカラ ~!」
店の中に入ってきたのは ユウコの親友 アサカだった!
「 プリン 冷えてるから ユウコといっしょに 食べたら?」
「 あっ それも いただきます! ユウコんとこは いつ来ても
おしゃれなオヤツがあるわね~ ウチのオヤツなんか いつも
お饅頭か芋ケンピ・・・いくら小料理屋してるからって オヤツまで
和風にしなくてもねえ ~ 」
「 ・・・ アサカ こちら ・・・ 」
「 その反動で わたし ケーキ作りとかに興味もったんじゃあ ・・・ 」
「 アサカ! 紹介するねっ!
こちらが このあいだ話してたコウジさん!」
いくらイチジクに気をとられているとはいえ ユウコのすぐ傍に
立っている長身の若者の存在が 何故か アサカの目には入って
いないかのようだった・・・
「 ・・・ え?」 ユウコが手をかざした方向を目で追ったアサカは
その時はじめて コウジの存在に気づいた様子であった
「 あ ・・・ ああ ごめんなさい ・・・ 踊りの練習がすっごくハードで
なんか まだ 頭がボーッとしてたみたいで ・・・ あの 私 コマツバラ
アサカといいます 学校の帰り道は ついここに寄って 冷たいもの
とかいただいてま~す
ウチ ここから ほんの数件先なんですけどねえ~~ 」
「 ヒロセ コウジです ユウコさんから聞いているかもしれないけど
フルカワさんのところで 目下 居候中です そうか~ ユウコさんとは
いいお友達同士なんだね 」
コウジは 柔和な微笑みを浮かべて アサカに軽く会釈した
「 ・・・あのお~~ ・・・ お近づきのしるしに ・・・
握手していただけませんかっ!」
( お~っ! アサカったら やるなあ・・・ ) 親友の物怖じしない
積極的な行動は しばしば ユウコを驚かせていた
しかしアサカの性格からして ごく自然にみえた握手の申し出の裏に
隠された意味を この時のユウコは まだ察することができないでいた
「 えっ? いいけど ・・・ 外歩いて来たところだから汗ばんでないかな 」
コウジは 右の手のひらを ジーパンでこする仕草をして アサカの前に
差し出した フルカワの畑仕事を手伝っているせいか 彼の手は やや
日焼けしていた あの朝 橋の上から撒かれていた菊の花びらと同じ
くらい白くて ほっそりと長いきれいな指先が 今は ちょっとゴツくなって
土いじりで荒れているような ・・・ ( パパの手も 水仕事でアレてたな~
私のほっぺを撫でてくれるときも ザラザラしてたっけ コックさんなのに
熱いフライパンとかでヤケドして よく手に傷作ってた パパってけっこう
ウッカリ屋さんだったな ・・・ ) ユウコは コウジの手に父親の思い出を
重ねて しばし 物思いにふけっていたのだが 店内の雰囲気が 何か
おかしいことを感じて 我に返った ( この静けさは ・・・ 何???)
母親は カウンターの中で 冷蔵庫から取り出した手作りのプリンを
型くずれしないよう 容器から デザート皿に移す作業に集中している
この静けさの原因は 意外にも いつもは饒舌なアサカだった
カウンターの上に置かれた手提げ袋の中から イチジクを数個取り出し
無言で 意味もなく 積み上げようとしている
( どうしちゃったのよ~ アサカ ~ なんか急に 黙り込んじゃって~
コウジさんとの会話 完全に途切れちゃってるじゃないの~
どんな時でも 周りがシラケていたら 自分から率先して その場を
盛り上げてくれるのに ・・・ いつものアサカと 全然違うじゃない~ )
親友の第一印象が コウジに悪く思われたら なんかイヤだな ・・・
ユウコは なんとか この場を和ませる会話を捜そうとした
「 アサカさんも もしかしたら 僕たちの仲間かな? 四人目のね 」
沈黙を破り 会話のきっかけを作ったのは コウジのほうだった
「 え? 仲間って ・・・ 何のことですか?」
アサカは イチジクを積み上げる手を止めて コウジを見つめた
「 いや、 ユウコさんのお母さん以外 イチジクが苦手な人が集まった
みたいで ・・・ もし アサカさんもそうなら これで四人目だな ~って 」
「 私は イチジク キライじゃないですよ そのまま食べるのも好きだし
あと ・・・ そう! ジャム! イチジクのジャムって 美味しいんですよ
皮をむいたイチジクとグラニュー糖を コトコト煮ると とろりとした
中に プチプチした種の食感が楽しいジャムになるんです 」
「 へえ~ 生食以外に そんな食べ方もあるのか ~
イチジクジャムって 僕 まだ 食べたことがないんだけど ・・・
トーストした食パンに塗ったりして 食べるのかな?」
「 それもいいんですけど 私のお勧めは イチジクジャムマフィンかな
マフィンの生地の中に そのジャムをタップリ入れてオーブンで
焼くんですけど ・・・私 こうみえても スイーツ作り得意なんですよ
そうだ!イチジクマフィン作ってみよう! 試食してくださいねっ! 」
ユウコの心配をよそに 初対面とは思えぬほど 二人の会話は
次第に盛り上がっていった ( な~んだ 気をもんで 損しちゃったな )
「 のど カラカラだったんでしょ はいっ! 冷たい麦茶! 」
「 あ、サンキュー! ユウコ ~ 」 アサカは コクコクと のどを鳴らして
一気に コップ一杯の麦茶を 飲み干した
「 さあ!みんなで プリンでも食べましょ~ 私が作ったプリンも アサカ
ちゃんのイチジクマフィンに負けないわよ 」 ユキエは 店の一番奥の
四人がけのテーブルに プリンの皿を四枚並べながら言った
「 あ! おばさん すいません! 私 うっかりしてたけど ユウコに
今すぐ 相談に乗ってもらいたいことがあったんです ~
ユウコ! ちょっとだけ 話を聞いて! 外で ・・・ ねっ!」
「 え? なに? 突然 ・・・ ここで 話を聞いたら ダメなの?」
「 ん~ それが ・・・ ちょっと デリケートな相談ごとなんだ~ 」
「 じゃあ 男性の僕がいたら オジャマになるといけないから
退散することにしようかな フルカワさんに頼まれて こちらに
イチジクとトマトを届けにきただけだから 用事も済んだことだし・・・ 」
気を利かそうとしたコウジの言葉を アサカは 慌てて 遮った
「 あっ、コウジさんとは せっかく こうして 知り合えたんだし
もう少しお話したいから ここにいてください!
私たち 十分くらいで すぐに戻ってきますから! ねっ!」
アサカの強引ともいえる申し出に コウジは 苦笑した
「 いいよ プリンでも食べながら待ってるから 女の子同士 二人で
秘密の話でも しておいで 」
「 ほんとに すぐ戻ってきますから! ユウコ ちょっと!」
ユウコが アサカに手をひっぱられて連れていかれた場所は 二人で
おしゃべりする時によく利用している すぐ近くのポルト一階のロビー
だった 壁際のテーブル席につくと アサカは 深いため息をついた
「 さっき コウジさんが 女の子同士で秘密の話でもしておいでって
言った時 ドキッとしちゃった なんだか 心の中を見透かされた
みたいで ・・・だって ホントに ユウコに 秘密の話があるんだモン 」
急ぎの相談ごとがあると言ったわりには アサカは なかなか 本題に
入ろうとしない コウジとした約束の時間まで 十分足らずなのに・・・
「 変なこと言うようだけど・・・ 信じてもらえないかもしれないけど ・・・ 」
「 アサカらしくないな ~ はっきり言いなさいよ ~ 」
短い沈黙のあと アサカは 意を決したように 口を開いた
「 私がユウコの店の中に入った時 ・・・ あの時ね ・・・ 店内にいた
のは ユウコとユキエおばさんだけ ・・・ 二人だけだった ・・・ 絶対!
コウジさん そこには いなかった!」
「 ・・・? なに? どういうこと? アサカ やだ!
へんな冗談よしてよお~~ 」
そう言いながらも ユウコは 親友のいつになく真剣な口調に 妙な
胸騒ぎを覚えた つい先ほどまで 適度に効いていたポルトのロビー
の冷房が ユウコには 急に 肌寒く感じられてきた ・・・!