『銀天街物語』(第三話)新しい風
文と絵 K(ケイ)
大きな手のひらで ユウコは背中をグイグイと押された!
そのため 彼女は 意思に反してツマヅキそうになりながら
前に進むしかなかった
「 ち、ちょっと~ やめてよ! 乱暴だな~ 」
「 なに言ってんだよ!周り見てみろよ!俺たちが最後っぺだぜ 」
そう言ったのは 彼女の幼なじみのナカヤマグチ リョウスケだった
彼の家も ユウコの住む商店街で バイクと自転車を売っている
幼稚園から高校までずうっといっしょなのに なぜか一度も同じ
クラスになったことがない それは ユウコにとっては 好都合であった
家も近くて クラスまでいっしょだと ちょっとウットウシイ気がするのだ
たぶん リョウスケも 同じように思っているだろうと ユウコは想像する
彼が言うとおり さっきまで彼女の傍を急ぎ足で学校に向かっていた
学生たちの姿が 今はまったく無くなっている
「 走るぞ!」 リョウスケは 彼女の手首をつかんだ
「 待って!あの人・・・ 」 ユウコは 彼の手を振り払って 橋のほうを見た
ほんの数十秒 目を離しただけなのに 祇園橋の周辺から あの若者の
姿は消えていた
ユウコたちがかよっている熊本県立天草高等学校の通用門から
商店街までの川沿いの通学路は 昼間は さほど人通りもなく
祇園橋の優美で かつ 重厚な景観と調和した閑静な通りである
しかし 朝夕の登下校時になると この通りの様子は一変する
おしゃべりに夢中になって つい道路の中央まではみ出て歩く高校生
たちが 一般の通行人にとっては 時々迷惑に思われる場合もあるが
その一方で 十代の若者の集団が発する弾けるようなエネルギーは
過疎化と高齢化の波がひたひたと押し寄せているこの天草島にとって
かけがえのない宝ものなのである
ユウコがクラスメートの女の子四~五人と 昨夜のテレビドラマの話題で
盛り上がりながら 通用門を出かかると 背後からリョウスケの声がした
「 シモガワラ~ 俺が急がせたおかげで ギリ 遅刻せずにすんだろ~
ってことで~ 蜂楽饅頭でも おごれよな~ 」
「 じゃあねユウコ またあした~ 」「ユウコちゃん、あとでメールするから」
リョウスケが近づいてくると ユウコと連れ立っていた女子生徒たちは
彼女をひとりその場に残して そそくさと立ち去ってしまった
「 なんだぁ~ あいつら 二人だけにしてやろうって 気を利かしたつもり
なのかな~ 俺たちそんな仲じゃないっちゅ~の! 」
物事を全て ポジティブに受け止めるリョウスケの性格を 彼女は時々
羨ましく思うときがある クラスメートの女の子たちは 彼に気を使った
のではなく なるべくなら 彼を避けたかったのだ
ところかまわず大きな声を出したり 言葉使いが乱暴だったり 要するに
白馬に乗った王子様に憧れる年頃の彼女たちにとって リョウスケは
敬遠すべき人種なのである
しかし幼なじみのユウコは リョウスケの長所も よく解かっているつもり
である 友達思いで 正義感が強く なにより自分が生まれ育った土地を
こよなく愛する 天草の将来にとって実に頼もしい男の子なのである
「 ねえ、リョウちゃも ぜったいに 変だと思うでしょう! 」
ユウコは 授業中もずうっと 朝の出来事が 気になっていた
「 熊本交通センターから 天草行きの始発バスが出るのは 午前六時
三十五分 どうしても二時間以上はかかるから ここのバスセンターに
着くのは 九時頃になるでしょ それに祇園橋まで歩いてきたって言って
たので 所要時間十五分をプラスして・・・おまけに商店街で 花屋さん
から 菊の花なんかもらっちゃったりして・・・それを また 橋の上から
のんびりと撒いてたのよ~ 八時三十分のホームルームに間に合った
私と あの時 あの場所で 出会うなんてこと 絶対 あ・り・え・な・い!」
先週の日曜日 ユウコは 親友のコマツバラ アサカとバスに乗って 久し
ぶりに熊本まで遊びにでかけた 一番の目的は ホテルのレストランの
ケーキバイキングである 洋菓子大好き人間のアサカに誘われたのだ
帰りのバスの時間を調べていたとき 時刻表の一番上に載っていた天草
行きの始発バスの時刻が午前六時三十五分だという記憶があったため
若者の話のつじつまが合わないことに すぐ気づいたのだっ た
「 おまえさぁ~ 西村京太郎ミステリードラマかなんかの見すぎじゃん
だいたい さっきから 誰の話してんだよ~ 」
「 誰って! リョウちゃんも見たでしょ! あの人・・・!」
「 あれぇ~! この家ず~っと 誰も住んでなかったよな~ 」
すっとんきょうな大声を上げて リョウスケは ユウコの言葉をさえぎった
二人が ちょうど祇園橋を通りかかった時 橋のたもとの空き家から
コンコンと 金づちでたたくような音が響いてきた
長い間 閉ざされていた家の入り口や窓が 全て開け放たれていたので
中に人がいるけはいを感じることができた
ユウコとリョウスケが立ち止まって中の様子を伺っていると 数人の男性
が談笑しながら 玄関から表に出てきた
金づちを片手に持って いちばん後から出て来た体格のいい作業服姿
の男性は ユウコの顔見知りの人物だった
「 カメガワさん ここで何してるんですか~? 」
「 ああ ユウコちゃんか コノ人をちょっと診察してたとこだよ 」
「 そうなんだ~ で、診察の結果は? 重病? 打つ手なし~? 」
「 いやいや 外側はさすがにあちこち傷んでるけど 土台は しっかりして
いるし 柱も太くてシロアリの被害もなさそうだ 少し手を入れればあと
何十年も持ちそうだよ 」
カメガワは 以前 商店街の電気店に勤めていたが 今は独立して 建築
業や造園業などの仲間たちとグループを作り 店舗を構えずに インター
ネットを駆使して 一般住宅や店舗などの建設をしている
カメガワの受け持ち分野は もちろん電気関係 男手のないユウコの家
にとって 高い場所の蛍光管を取り替える場合など 電話一本で 仕事の
合間に駆けつけてくれる彼の存在は まことに心強いものがある
彼は 電気製品や流し台 あげくは家までも アノ人コノ人と擬人化して
言う癖がある 自分が取り扱うものに対してよほど愛着があるらしい
「 じゃあ、カメちゃん 明日からさっそく取り掛かってくれよな 」
「 なるべく早く修理を済ませて 相手方に住んでもらいたいからね 」
首から IDカードをさげた二人の男性を見送りながら カメガワは腰に
下げていたタオルで 額や首すじにふきだしてくる汗をぬぐった
「 今年の夏の暑さは 異常だよね 僕たちみたいに 外で仕事する人間
にとって 一番仕事がはかどらない時期だけど 急ぎの注文だと そう
いってもいられないしな~ 」
「 あの人たち 市役所の職員ですよね これって 市役所関係の仕事
なんですか? 」 リョウスケが カメガワに尋ねた
「 うん 天草でも だんだん空き家の数が増えてきてね このまま放って
おくと老朽化するばかり そのうち倒壊でもしたら危険だろう だから
天草に移住したい都会の人々に 改修した空き家を借りてもらおうって
計画があるんだ 都会から天草に 新しい風が吹いてくるかもね 」
「 あっ! それって 空き家情報バンク っていうんですよね!」
「 へえ~っ! 君、高校生なのに そんなこと よく知ってるね~ 」
「 生まれ育った天草の情報には 常に関心を持ってま~す!
俺 自他共に認める 天草大好き人間ですから~! 」
初対面なのに リョウスケとカメガワは 男同士の会話が弾んでいた
「 じゃ、リョウちゃん バイバ~イ! カメガワさん お疲れさま~ 」
「 ・・・おう!又な~・・・ 」 リョウスケは 最近調子の悪い自分のパソコン
についてカメガワに質問している最中で ユウコの存在を忘れてしまって
いるようだった ちょっぴり疎外感を味わいながら 彼女は一人で商店街
へと向かった 銀天街を舞台とした一夏の不思議な物語の幕が開いた
*おことわり* これは あくまで フィクション小説です