それは 天草の西海岸にある《崎津》という小さな港町の
夕暮れの光景だった
海を見下ろす小高い丘に まるで海を見守るかのように
静かに佇むマリア像・・・
その背後には まもなく水平線に沈むオレンジ色の夕陽・・・
漁を終えた船が 港へ マリア像の元へと 帰って来る・・・
像の頭上の夕焼けの空を飛んでいる一羽の鳥も
自分のねぐらへ帰ろうとしているところなのか・・・
どうやらこの港町は 隠れキリシタンと深い縁があるようだった
それからの僕は 天草に関する旅やグルメや あげくは 天草の
歴史の本まで 読み漁るようになっていた・・・
そこではじめて知ったんだけど 天草は 海の幸・山の幸が
とても豊富な島のようで そのことも 料理人の僕が 天草に
魅せられた大きな理由となった
そしてついには 三日間のお盆休みを利用して なんと僕は・・・
天草を訪れたんだ!!!
都会生まれの都会育ちで 故郷を持たない僕にとって 天草島は
まるで 僕の帰りを待っていてくれる祖父母の家があるような
そんな気がした・・・ 初めての土地なのに なんだか懐かしい・・・
旅の間中ず~っと 何処からか 誰かの温かい眼差しで見守られ
ているような・・・ 不思議な感覚さえしていたんだ
天草に到着して真っ先に訪れたのは もちろん 《崎津》の港町!
まだ日も高かったので 僕が心魅かれた夕陽の写真の黒い
シルエットのマリア像は 真っ青な空を背景に 白亜の姿を現して
旅行者の僕を迎えてくれた
小さいながらも荘厳なゴシック風の崎津天主堂へと続く狭い
路地ですれ違う地元のお年寄りや子供たちは 一見して
旅行者と判る僕に 屈託の無い笑顔で挨拶してくれた
南国らしい空と海の青さと 地元の人々の明るい笑顔は
都会の生活に少々疲れ気味だった僕の心を癒してくれた
行き帰りを含めてたった三日間の短い旅だったけど お天気
にも恵まれて 崎津以外にも 天草島内の各地を観て回る
ことが出来た・・・ 天草島内は 交通のアクセスが悪いって
聞いていたけど 僕が バス停留所に着いたとたん すでに出て
しまっているはずのバスが なにかの理由で遅れて到着して
それに運よく乗ることができたり 観光タクシーの運転手さんが
空で帰るのもなんだから 料金半額にするから乗っていかないか
って 声をかけてくれたり(笑)おまけに その運転手さんに
天草一美味しいっていうチャンポンまでご馳走になったり(笑)
まるで誰か陰で 僕のために お膳立てしてくれているような
そんな快適な三日間の旅だった・・・
( 僕は 今まさに 僕が住みたい土地にいる!)
短い旅の終わりには そう 確信していた!
それから およそ一年かけて 僕は 独立する準備をした・・・
いちばんの難関は オーナーの許しをもらうことだった!
僕が 思い切って独立の話を切り出すと 彼は やはり難色を示した
そりゃそうだよなあ~ たった六年間の修行で 九州の地で独立
だなんて・・・ オーナーにしてみれば まだ早すぎし おまけに
ずいぶん遠すぎるって不満があっただろうし・・・ ずっと独身で
子供もいない彼は 将来 自分の店を 僕に継がせたいと考えて
いるようで 僕もそのことは ウスウス気づいてはいたんだけど・・・
中学を卒業したての僕に 厳しくも根気強く 料理を教えてくれた
オーナー・・・ 自分に適した職業に就くことができた僕は 悪い
仲間のもとへも戻らずにすんだ
彼には ほんとうに感謝しているけれど でも 彼の店を継ぐことは
・・・ 僕にはできない!
銀座のこの店は 彼一代で築いた彼の店だもの・・・
僕は・・・ 僕の店を 自分の力で 一から築き上げていきたいんだ
僕の意思が固いのに根負けしたオーナーは 一つだけ条件を
つけて 僕をシブシブながら送り出してくれた
オーナーの条件とは・・・ 天草の観光地では開業しないこと!
「 観光地で店を開けば オマエのルックスと 小洒落た料理で
観光客の若い女の子たちが 店に押しかけるかもしれんが
オマエは まだまだ 料理を勉強しなくちゃいけないからな~~
まずは落ち着いた街中に店を開いて 地元の人たちが気軽に
食事を楽しめる洋食屋になることだ
そして 舌の肥えたお客さんたちの意見も素直に聞き入れながら
これからは 銀座の味より 天草ならではの料理の味の探求を
しなくちゃな!
それから後は 観光地で新しく店をオープンするなり 観光ホテルの
レストランのシェフになるなり オマエがしたいようにすればいいさ
若いオマエには 自分を磨く時間は たっぷりあるからな 」
僕が 本渡の町で店を開いたのには こんな理由があったんだ
キンさんやカメちゃんや商店街の人たちの協力もあって開店
できた僕の店も 半年経って なんとかやっていく自信もついてきた
頃に 僕とユキエは 出会った!
忘れもしない 三月一日の寒い晩だった・・・
一目見たときから お互いに気になる存在ではあったけど
全ての面で 僕と彼女とは あまりにも格差がありすぎて 一度は
彼女のことを諦めかけたんだった
でも カメちゃんに背中を押されて 長崎の彼女の家を訪れた僕は
ご両親の前で 結婚を前提にお付き合いさせてくださいと 真剣に
お願いしたんだけど・・・
「 まだ お互いに若すぎるから・・・ 」 ということで 僕たちの交際を
認めてはもらえなかったんだ
僕を傷つけまいとして 二人が若すぎることを 断りの理由にされた
のだろうけど ご両親の本音は 僕自身がいちばんわかっていた
「 う~~ん そっか~ そりゃあ残念だったなあ~~
敵陣に乗り込んで あえなく返り討ちか~~ 」
カメちゃんは いい結果を報告できなかった僕のことを 慰めて
くれたけれど でも 僕には ある確信があった!
御両親の傍に座って ジッと 僕の話に耳を傾けていた彼女・・・
終始うつむき加減ではあったけど でも彼女の顔には とても固い
決意が現れていたのを 僕は はっきりと感じとっていたから!
本渡の町で 僕は 大切な宝物を手に入れる日を心静かに待っていた
長崎から戻って三日後の夕方だった・・・
営業中の札を掛けようとして 店の外に出ると・・・
路地の向こうから・・・
その宝物が 駆け足で僕の方に向かったきた!
夕陽を背景に クルンとした巻き毛のシルエットが浮かんでいる!
僕の胸に飛び込んできた彼女を 僕は・・・!
今度こそ しっかりと 両手で受け止めた!!!
*おことわり*
地元小説の性格上 実在の地名・学校名・施設名などが
登場しますが これは あくまでフィクション小説です