2012年1月29日

『銀天街物語』第八話

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         無花果

文と絵 ☆K(ケイ) 

高校が夏休みに入り三日ほど経ったが 学校に行かない分

母親の手伝いできる時間が増えたぐらいしか ユウコの日常

生活には とりたてて 何の変化も無かった  

この先も これといって心弾むような計画もなく 今年の夏休みも

なんとなく過ぎ去ってしまうのか

リョウスケが言うように 代わり映えのしない 夏休みになるのか

「 ユウコが皿洗いを手伝ってくれるから とっても助かるわ ~

冷蔵庫のプリン食べてもいいわよ~  そうそう フルカワさんから 

さっき電話があって 畑でとれたトマトと 庭の木に実ったイチジクを

お届けしますって ・・・ イチジクかあ~ もうそんな季節なのね ~ 」

そう言いながら 母親のユキエは 店のエアコンの温度をチェック

していた・・・ いや ・・・ 今年の夏は ・・・ ユウコの周りにも ・・・

何か変化が ・・・ それは・・・

「 あら!はやかったわね~ コウジさん!」

ドアベルが鳴り 店の入り口の扉が開いた

夏の午後の熱気が クーラーを軽く効かせている店内に

入り込んできた  「 あ~  ここは 涼しくて いいですね~ ・・・ 」

 そう、確実な変化が 今 『キッチンHIRO』のペパーミントグリーン

色の ドアを開けて ユウコの目の前に現れた!!!

 

      

「 暑いのに ご苦労様~  あらら~ そんなに たくさん ・・・! 」

そこには よく熟れたイチジクと つややかな真っ赤なトマトが

それぞれいっぱいに入っている大きな麻製の手提げ袋を 両手に

提げたコウジが・・・ あの若者が ・・・立っていた ・・・ !!!

数日前ポルトで 親友のアサカから コウジのことを尋ねられ

説明しかけたちょうどその時 居合わせたリョウスケが ボランティア

話をしはじめたりして 話題がそれてしまい フルカワ老人宅に

一晩泊まったその後のコウジの行動を 彼女には報告できない

ままになっていた

コウジは 熊本に帰ったどころか 今も フルカワの家に滞在して

いるのだ!

「 あら! コウジさん ちょっと日焼けしたわね~  うん!

そのほうがだんぜん健康的よ! まあ 色白だったコウジさんも

なんか神秘的で ステキだったけどね~ 」

ユキエは コウジを 頭のてっぺんから足元まで 不躾に思われる

ほど シゲシゲと眺めた   

「 フルカワさんの畑仕事を手伝っていたら 自然と日に焼けちゃって

天草の日差しって やっぱり 熊本より強いんですね ・・・ 」

二人の会話を聞いて ユウコは コウジに初めて会ったあの朝の

ことを思い返していた  そういえば・・・ 祗園橋の上に佇んでいた

彼の顔色は 夏のこの時期とは不釣合いに かなり青白かった ・・・

母親の言葉で ふと思い出した あの時 コウジに抱いた奇妙な印象 

川の水面に反射した朝の光を浴びているせいなのか ・・・

白くて血の気のない横顔 ・・・ まるで ・・・ 長い間 戸外の陽ざしを

浴びていない入院患者のような ・・・ ほんの一瞬 あの時そんな

想像をしたことを・・・ なぜ今まで忘れていたのか ・・・ たぶん 

今から十二年前に 永遠の別れをしたユウコの最愛の人・・・

コウジの青ざめた顔が その人の面影と重なって ・・・ たしかに

あの時 そんな思いをしたことを 今まで 無意識のうちに 消し去って

いたのだろうか ・・・  

出来ることなら 心の奥底に ずうっと封印したい辛い記憶 ・・・    

「 ・・・ユウコ?」 ・・・父親との悲しい別れ ・・・ 「 ユウコってば!」 

耳元で 母親の大きな声がして ユウコは 我に返った!

「 なに ボ~ッとしてるのよ! コウジさん さっきからずうっと

あんたに話しかけてるのにィ ~ 」

「 え?・・・ あっ ごめんなさい   あの ・・・ 何?」 コウジの少し日焼け

した顔を見て 彼女は 内心ちょっと ホッとした気分になった 

「 うん ・・・ いや ユウコさん イチジクって 好きかな~と思って・・・

ほら! 女の子が大好きなイチゴとかと違って チョッと クセがある  

果物でしょ ・・・ ね?」

「 ん~っと ・・・ あ! このトマト すっごく美味しそう~!」 ユウコは

話題を変えようとしたが コウジの問いかけを避けるわけにもいかず

「 スーパーで売ってるイチジクって けっこう値段 高いけど ・・・

でも 私は あんまり ・・・ 」 そう言うと 彼女は 助け舟を求めるように

母親のほうを チラッと見た

「 実はね この子 あんまりイチジクって 好きじゃないのよ~~

ゴメンねえ せっかく コウジさん 重たいのを運んでくれたのに ・・・ 

あ!でも 私は イチジク好きだから ありがたく いただきますよ~ 

完熟マンゴー ならぬ 完熟イチジク~~   すっごく 美味しそっ!」

ユキエは 鼻歌交じりに 袋の中のイチジクを ひとつ手に取った     

「 あははっ! これで 三人目だ~ 」  コウジが 弾けるように笑った

「 え? 何? 」 「 三人目って ・・・? 」  母子は 同時に尋ねた

「 フルカワさん 奥さんが好物だからって 庭にイチジクの木を植え

たんですって でも その奥さんも 二十年ほど前に 亡くなって ・・・

今朝も もぎたてのイチジクを 仏壇にお供えしてましたよ 

だけどフルカワさん自身はイチジクが嫌いだそうで 僕に食べる

ように勧めてくれたんだけど 実は 僕も あんまり好きじゃなくって~ 」

「 な~んだ それ はやく言ってよ~   嫌いって言いづらかったのに~

私は 熟れた果肉の柔らかい食感が チョット 苦手なんだけど ・・・

コウジさんは イチジクのどんなとこが ダメなの?」

「 僕の場合は 小さい頃 食べ過ぎたせいかな  僕の父がサキツって

ところの出身でね ・・・ 小学生の頃は よく 祖父母の家で 夏休みを

過ごしてたんだけど おやつは いつも 畑でとれたスイカか 庭の

イチジクで・・・あまりたくさん食べたもんだから もういいかな~って 」   

そう言いながらコウジは いたずらっ子のような表情をして肩をすくめた 

「 サキツって ・・・ 天草の 崎津 ・・・?」  彼の口から 意外な地名が

飛び出したので ユウコは ちょっと驚いた

「 うん! おじいさんが  そこで漁師をしててね   釣ったばかりのアジを

おばあさんが お刺身にしてくれて ・・・ すっごく美味しかったな~ 

でも 二人とも 何年も前に亡くなって ・・・ それからは ・・・ なんとなく

天草が 遠くに思えて ・・・ 」 

「 実際 天草って 熊本から 距離的に遠いもんね~~  いっそのこと

海の上をモノレールでも一直線に走ってくれたら デパートに買い物

しに 毎週熊本まで行くんだけどね ~!」 ユキエは そう言って笑った

コウジの祖父母が 天草で暮らしていた ・・・ ただ それだけのことで

ユウコは 彼に対する警戒心が 少しゆるんだ気がした

まさか まるっきり 嘘とも思えない話しぶりでもあるし ・・・

コウジのことを詳しく知らないうちから 母親のユキエや フルカワが 

彼を信頼して すんなりと受け入れたことに ユウコだけが 違和感を

感じていたのだ   二人とも大人のくせに あまりにも 無防備すぎない

か ・・・ フルカワ老人は 自宅に一晩泊めた若者を気に入り 大学の

夏休みに天草を訪れたという彼が 特に旅のスケジュールを決めて

いないのをいいことに 一日一日 フルカワ家での滞在を 伸ばさせて

いたのだった 

「 フルカワさんって 高校の教師をしてたんでしょう?

けっこう 貯金とか あるんじゃないかなあ~~ 

もしも コウジさんが悪い人で お金目当てで 独居老人宅に居座って

いるとしたら ヤバくない?」

ユウコが真剣に母親に訴えても ユキエは なんともお気楽な様子で 

「 大丈夫よ~ 長い教師生活のおかげで フルカワさんの若い人を

見る目は確かだモン! 二人で食事する時 コウジさんって とても

きれいな食べ方をするんだって~  お魚の塩焼きなんか お皿の上

には 頭と背骨だけがキレイに残ってるって   まあ それだけで

人を信用するのもね ~ どうかと思うけど  でも きれいな澄んだ目を

してるし 私の勘でも 彼 ぜったい好青年だと思うわよ~~ 」

などと 呑気なことを言っている

お魚の食べ方がじょうずで 澄んだ目をした悪人だっているだろうし

母親の勘が いかに怪しいものかは 娘の自分が 一番判っている

けれど少年の頃のコウジが 天草で漁師をしていたという祖父や

魚料理が上手な祖母から 魚の食べ方を教わっているほほえましい

光景を想像すると ユウコの胸の内が ポッと 暖かくなったのも事実

であった・・・ 母親とコウジが和やかに談笑している ・・・ これと同じ

光景を 幼い頃 ユウコは 毎日のように見ていたのだ ・・・ ユウコが

大好きだった父親のヒロシと 母親のユキエ ・・・

( きっと 二人で メニューの打ち合わせでもしてたんだろうな ・・・

今 お店の中に 心地よい穏やかな あのときと同じ時間が流れて

いるような ・・・ この感じ ・・・なんだか悪くはないな~~ )

そうユウコが思っていたとき 店のドアが開いた!

( ああ もう少し このひとときを 邪魔されたくなかったけど ・・・ )

誰かが 店の中に入ってきたのだった

「 わあ! イチジクだ~! こんなに たくさん ・・・!」 

*おことわり*

地元小説の性格上 実在の地名・学校名・施設名などが

登場しますが これは あくまでフィクション小説です