昭和25年8月9日、午前11時2分、現在の長崎・平和公園上空で原爆が爆発しました。それから75年、平和の願いを繋ぐ式典も新型コロナウイルスの影響で各地で慰霊行事が中止される中、昨日の夜、平和公園で小中学生らが手作りした四千個以上のキャンドルに火をともして犠牲者を悼み、平和を願った、とありました。8日、NHKのETV特集(「焼き場に立つ少年」をさがして)は感銘深い番組でした。戦後、アメリカ第五師団のカメラマンとして、長崎を訪れたジョー・オダギリ氏は終生、この少年を案じつつ2007年,奇しくも8月9日、「長崎原爆忌」に85歳で亡くなっています。彼はのちにこのように語っていました。「焼き場に十歳くらいの少年がやってきた。小さな体はやせ衰え、ボロボロの服を着て裸足だった。少年の背中には、幼い男の子がくくり付けられていた。係員は背中の幼児を下ろし、足元の燃え盛る火の上にのせた。炎は勢いよく燃え上がり、立ち尽くす少年の顔を赤く染めた。」この写真は、天草本渡カトリック教会におられた谷口ヒサエさんから、2019年、ローマ教皇フランシスコ氏が広島・長崎を訪れた際に送られてきて、深い感銘を受けました。ローマ教皇が「戦争がもたらすもの」と題したメッセージを世界中に配布したものです。テレビの特集でも、同じような体験をなさった生存者の方々のお話は、語るも、聴くも涙、核の廃絶、戦争のない地球、心から願わずにはいられませんでした。最新の機能、技術、各方面の調査にも拘わらず、この少年のその後の詳細は分かっていません。

「焼き場に立つ少年」
2020年08月09日更新