【セミの木】

 

このところ母の入院を機に、離れていた兄としばしば会うように

なりました。それぞれに家庭を持ち、別々に暮らしてきた期間の方

が長いわけですから、いつの間にか話題は子供の頃に遡ってしまいます。

兄妹して毎年の夏を過ごした祖父の家の裏山に、小さな神社があります。

その境内に栴檀の木が一本高く聳えていて、幹には常に五、六十匹の

蝉が群れています。昨年の墓参りの折、兄に誘われて確認に行ったのですが、

それはそれは見事なほどびっしりと蝉が止まっていて、ひとしきりの大合唱。

低い幹には油蝉、はるか上方には熊蝉。

数年から十数年の地中生活と僅か一週間の地上の命です。

脱いだ殻で何かがふっ切れるのでしょうか。

蝉時雨を間近に聴くとまるでサウンドシャワー。

聴くというより浴びると表現すべきでしょう。

子供の頃、兄とはあれだけたっぷりの時間を共有していたのに、

私は昨夏までその蝉の木を知らなかったのです。遠い夏の日、より

高い所に止まる臆病者の熊蝉を捕ろうと苦心賛嘆していた少年が確かにいたのに。

その少年に会いたいなと思いました。映画「フィールド・オブ・ドリーム」の中に、

主人公が時を越えて、キラキラした野球少年(青年)の頃の

父親に合うシーンがありますが、それと似た感覚です。

遠い記憶と今の想いが錯綜して未知の誰かの魂に触れてしまう----。

その誰かは、もしかして自分自身かしら。そんな気がします。

 

この作品は「初風」から始まります。

5月も遅くなりましたが、作品中に、「鯉のぼり」を見つけました。

 

光あふれ、風薫る五月。菖蒲月ともよばれるとか。

紫と緑のきりりとした印象は、端午の節句にふさわしいものです。

我が家の鯉のぼりは、夫の初節句の時のもの。四十数年前の紙製です。

長男誕生の折り、夫の実家から譲りうけた時には、幾多もの風雨で和紙の

傷みはありましたが、その筆法の鮮やかさに思わず息をのみました。

鯉の勇姿に託した、男児成長の祈りが伝わってくるようです。

・・・・・・・・・・・・・・・・。

 

 作者のご主人の父上は、日本画家とか、さぞすばらしい筆法の鯉のぼり

  だったことでしょう。

 

蓮の花

 

蓮ゆらぎ蓮しづまりて音もなし     (秋桜子)

 

蓮、睡蓮、河骨、いずれもスイレン科の水草ですが、それそれに

個性のある花姿を誇ります。睡蓮といえば、パリ、オランジュエリー美

術館のモネの絵。河骨からは、エニール・ガレのガラス器を連想し

ますが、蓮の花のは、今まで強いて思い入れはありませんでした。

蓮は、夜明けと共に音をたてて花開くといわれています。真偽は

ともかく、その芳香と清々しい姿は、君子花と呼ぶにふさわし気

がします。一昨年の七月、叔母の野辺送りの際に通りかかった一面

の蓮畑は、まさに幽玄の世界。蓮の花々が、まるで叔母を毅然と見

送っているかの如く見えました。火の国熊本の強い陽ざしは、一瞬、

蝉時雨をかき消して時空を超えたような錯覚を呼びおこします。

白昼の薄紅色の蓮の花が、若く美しい頃の叔母を髣髴とさせ、ふと、

これが別れではない、年々歳々花々のある限り、いつでも会えると

いう想いにかられました。

同じ夏、上海の古美術店で、一個の壷と出会いました。清朝、光

緒年製で乳白色の地にぼかしも見事な紅蓮。すっと伸びた茎と、

夏の朝霧を銀色に転がす広葉も瑞々しく描かれています。この出会い

は必然のような気がして、大事に大事に持ち帰りました。

時間の止まりそうな炎暑の盛り、そっと目を閉じると凛した蓮の花が

見えます。

 

 

緑陰や蝶の白さのただならぬ (瀧春一)

 

この句に出会った時、感嘆の声をあげてしまいました。この三~

四年、特に梅雨の晴れ間、滴るような緑の中を、ひらひらと舞う白

い蝶がひどく気にかかり、幾度か吟じではみたものの、ひねる程に

感懐は遠のき、いささか情けなく思っていたからです。

 通りを走る車の騒音や、隣家の子供の声、しきりに鳴き交わす雀

の囀りさえ一瞬かき消して、白い小さな蝶が、濃淡さまざまな青葉

の茂りを、静かに横切って行きます。凝縮された時間。自然界の持

つ美しい色彩が、束の間素晴らしい対比を見せてくれて、しばし見

とれてしまいます。例えば、春に咲く白山吹の清楚にして典雅なた

たずまい。真夏の渓谷、見上げる崖の繁みに毅然と咲く、一本の山

百合の灰白さ-----。緑中の白の美しさについては枚挙のいとまが

ありませんが、静と動、蝶の白さに動きが加わって、もしかして、ど

こぞの、使者かと尋ねたいくらいに、心惹かれます。あえて、蝶の種

類は問いますまい。しっかりと心に写しとったシーンは、いつでも

再生可能で、常にスタンバイの状態ですから、雑誌のほんの片隅に

掲載されていた前出の旬も、真っ先に目に跳び込んできて電流が駆

け抜けたのでしょう。小さいけれど、深い喜びです。

 

       葉がくれにひらりと白き梅雨の蝶

 

 

エッセイスト海老沢小百合さんの作品「記憶のパレット」紹介コーナ設けました。

毎月、一回その月のエッセイを紹介してまいります。

 

本日、8月2日新たにエッセイを紹介しました。

 

[ 1 ]      5件中 1-5件