桑の木、紅花、上杉鷹山。

七十二候だより いのちの暦 [第59回]
七十二候 第二十ニ候 小満 初候
蚕起食桑 かいこおきてくわをはむ
七十二候 第二十三候 小満 次候
紅花栄 べにばなさかう

桑の木、紅花、上杉鷹山。
片寄斗史子


ドクダミが、濃い緑の葉に真っ白な花を開かせています。
ツユクサも、田舎に比べると東京の花の色は淡く頼りなげですが、
咲いています。

すっかり夏空の東京です。
これから梅雨に向かって第一の夏模様、
梅雨のあとに第二の夏。
今年は、そんな夏景色ではないかと想像しながら
スーパーに並び始めた青梅の美しさを見入っています。

立夏の次、八節気「小満(しょうまん)」に入りました。
日を追うごとに気温も上がり、
万物が次第に長じて天地に満ち始める時季、
と暦にあります。

霜などの冷たさ、寒さを越えて麦の穂が実り始め
ほっとひと安心(少し満足)という意味から
「小満」というのだそうです。

北のほうでは、今が緑したたる若葉真っ盛りでしょうか。
山辺のむせるほどの緑は心身に独特の気をもたらすので、
恋しいほどです。



「緑」というのは、もともとは色名ではなく
瑞々しさを表す言葉で、それが転じて
新芽の色を示すようになったのだそうです。
やっぱり、新緑の色に万物を生かす強い力を
昔の人も感じたことでしょう。

さて、第二十二候と第二十三候を
並べてご紹介するのは、
今回は追い込まれてのことではないんですね。

桑の木、紅花と並ぶと、今の私には、
「上杉鷹山(うえすぎ・ようざん)」と続くからなのです。
新しい「毎日が発見」6月号の「言葉の森へ」で
扱っているのが「上杉鷹山」。
解説は『小説 上杉鷹山』の作者、童門冬二(どうもん・ふゆじ)さん。
その本をちょうど読み終えたところです。

上杉鷹山、という名前だけは
いつのころからか聞いて知ってはいました。
江戸時代、存亡の危機にあった米沢藩を
立て直した名君、と。

名君とは、節約の徹底と、同時に、
桑や漆の木、紅花を植え、
産業を興し、藩を立て直したということ。

「言葉の森へ」を読みながら、
初めて具体的な人物像に触れました。

ときは徳川第十代・家治将軍の時代。
のちの鷹山(冶憲・はるのり)は17歳で米沢藩主・上杉家の養子となり
藩政を引き継ぎ、改革へと歩を進めます。

養父には幸(よし)という娘がおり、
その娘と結婚をします。
幸には心身ともに障害がありました。

復興へと歩むその姿は、内村鑑三の英訳により、
米国大統領時代のジョン・F・ケネディに
「尊敬する日本人」と言わしめます。

童門さんの物語は、全編、人間性に満ち、
非常に読みやすいのが特長です。
ふと「出来すぎの人物像」ではと思う読者に、
童門さんはこんな台詞を終盤、用意していらっしゃいました。

「現在の世の中は、人間のみにくいことをあばくことだけが、
人間の本当の姿なのだ、という風潮がしきりでございます。
人が人を信じるとか、人のことを考えるとか、つまり、
やさしさ、思いやりのようなものは、すべて嘘で、つくりものだ、
という不信の気持ちが行き渡っております。でも、そうではない、
ということを、今夜、私は、はっきり知りました……」

これが、『小説 上杉鷹山』で、
現代人が読むための歴史小説が、
童門さんの歴史小説ではないかと思いました。
初めての作家との出会いでした。



毎日が発見 


2015年05月26日更新