草枕 夏目漱石  (PDF)

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 You Tube 暗唱 4歳児かねもとゆうき君 http://www.youtube.com/watch?v=Y7wAbJiJG7Q

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 山路ば登りながら、こぎゃんこつば考えた「智に働けば角が立つ。情に棹させば流される。意地を通せば窮屈だ。とかく人の世は住みにくい」(賢く振舞おうてすれば、皆と調和でけん。感情にまかせとれば溺れっしまう。わーが思うたこっば通せば息ん詰まる)

 住み難さが高じれば、どこじゃい安か所れ引っ越そごてなる。どけ越しても住みにっかて悟ったとき、詩が生まれ、画の出来る」

ある一人の青年画家が、こがん考えに耽りながら、春ん山路ばたどっとる。峠ば越えて、那古井ん温泉場さん行く積もりんごたる。向こうん峯に杉か桧ん黒か木立に交じって山桜がたなびき、谷ば見下ろせば、あたり一面菜の花盛り。ひばりん声もしよる。

タンポポはまーだ咲ゃーとらんばって黄んなか蕾ん珠が四方に伸びゃーたのこぎりんごたる葉ん真ん中きゃ鎮座しとる。

呑気なもんで、誰に踏んつけられたっちゃへいちゃらな面たい。

画家は時たま立ち止まる。懐から写生帳ば取り出す。鉛筆ん動く。スケッチじゃろともたりゃ、何じゃい文句ば書きつけとる。

「住み難っか世から、住み難っか煩いば引き抜いて、あり難か世界ば目の当たりに写すとが詩たい」雲行きん怪しゅうなってきて、間ものう雨ん降っじゃーた。画家は濡れながらいせーで行く。

 峠ん茶屋たい。軒下に草鞋ん五六足吊り下がっとる。

「那古井まじゃ、こっから一里たらずじゃったね」

「はい、二十八丁ちいます。旦那は湯治にお出でなすか」

「混みあわんば、いっとき逗留しゅうどもとるばって、まあ気の向けばネ」

「戦争ん始まってから、とんとまるかもんなござっせん。まっで、締め切り状態ですばい」

「妙なこっじゃね、そっじゃ泊めてくれんかも知れんネ」

「いえ、頼うでみらっせば泊めますばい」

「宿屋は一軒きりじゃったネ」

「へえ、志保田さんちゅてたんねらっせばじき分かりやす。村ん物持ちで、湯治場じゃい隠居所じゃいわかりやっせん。旦那は初めてじゃらすかナ」

「いや、だいぶ前にちょこっと行たことある」

 彼は土間ん腰掛けに座って、濡れた写生帳ば火で乾かしとる。茶屋ん婆さんな穏やかでよか顔しとらす。雨はよかあんびゃーに晴れ上がってしもた。


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